女性が、父親と似た男性と結婚・再婚するワケ

一般的に、女性は自分の父親とよく似た男性と結婚したいと思う傾向があります。

父親の性格の「よいところ」が似ている男性に魅力を感じ、結婚したくなるのです。

優しくなくて、全然遊んでくれない父親のもとで育った女性も、父親似の男性と結婚してしまうこともよくあります。

こうした女性は、本心では「お父さんに一緒に遊んでもらいたかった。でも遊んでくれずに私を無視したお父さんなんてキライ」と思っているはずなのに、父親から見捨てられたくない、愛したいという欲求のために、「お父さんは私が悪い子だから無視して遊んでくれなかったんだ。お父さんの望むいい子になれば愛されるはずだ」という巧妙な言い訳をしてしまうのです。

家庭もかえりみず自分の好きなことだけを優先し、借金ばかりをつくって家族に迷惑をかける父親の悪い部分を、「愛すべきもの」として愛するようになってしまうのです。

その結果、父親と同じような悪い部分をもった男性を見ると、「あっ、私の好きな人がいる」と思うようになってしまうのです。

本当は、自分を愛することのできない相手と出くわしてしまったのですが、「彼こそがホンモノだわ。これこそが恋のときめきなんだわ!」「これこそ運命的出会いよ!」とカン違いし、つっぱしってしまうのです。

しかし、そういう場合、結婚がうまくいかないことが多くあります。そして離婚に至ります。しかし、次の再婚相手も、また似たようなタイプという場合も少なくありません。


婚約破棄

以前、婚約破棄を理由に慰謝料を請求した女性がいましたが、敗訴になりました。

こうなると婚約から挙式までの間が、一種の空白期間といえましょう。

その空白期間をなるべく短くするのが、女性側の知恵といえます。

ここでセックスを許していると、「もうちょっと月給が上がるまで待とうよ」とか、「できればマンションの頭金が貯まるまで、我慢しよう」などと、理由としては正しそうな彼のいい分に、従わなければならなくなります。

ところがまだ肉体関係を結んでいなければ、彼のほうが我慢できないため、えてして結婚を早めたがるものなのです。

そこで婚約を結ぶときは、挙式の日取りをお互いに確認しておくことです。

"来年の適当な時期に"というような、あいまいな期日の設定はぜったいしないことです。

女性は一人の男を夫と定めたら、婚約期間をひたすら愛を育んでいくものと思うでしょ

うが、男のほうは、"まだ婚約中だ。

いまならもっといい女がいれば乗りかえることもできるし、浮気だって、いましておかなければむずかしくなる"こんなずうずうしいことを胸に描いているのです。

不幸にも婚約破棄という事態にたちいたるのは、女性の側が、こういう男の心の底を知らないからなのです。

結婚とは、男のイヤなところを見ること

結婚とは、男のいちばんイヤな部分が丸見えになる生活だ、といった女性がいます。

これは男でも同じですから、お互いさまですが、たしかに、欠点やら欠陥、短所を我慢できるかどうかが、カギになります。

たとえばつき合いの最中に、競馬に連れていってもらったとします。

「いつも競馬場には来るんですか」「いつもではないけれど、来られないときは馬券を買っている」と答えたとしましょう。

そのときはそれですみますが、結婚後に、こういう生活を送る夫である可能性は充分あります。

この欠点を、あなたは妻として我慢できるだろうか、ということになるのです。

いつも上司の悪口をいっている男は、結婚しても毎日いいつづけるでしょう。

そんな男を、あなたはおおらかに抱きとっていられるかどうか。

相手が大酒飲みだったら、つき合っている間は、飲み屋やバーに連れていってもらうので、楽しいでしょうが、結婚後は、毎晩イライテして待ちつづけなくてはなりません。

その上、家計から酒代がかさんで、あなたは頭にくることはないでしょうか。

このように、結婚を考えたつき合いのときは、いちばん欠点となる点を、あなたが我慢できるかどうかを、まず先に考えなければいけません。


結婚前の性の扱い

彼女の好みがロマンチックな映画で彼の好みが時代劇、というのならまったく問題はありませんが"セックスシーン"の受け取り方に差があるカップルは、結婚後に傷口を広げる場合があります。

宗教的な雰囲気のある家庭に育った女性、厳格な父母に育てられた一人娘、性を清純に考えている女性に対し、バイオレンスやセックスシーンを売り物としている映画に誘いたいと思っている男性との間には、やはり大きなへだたりがあります。

女性にとってはたんに不潔な男と映るでしょうし、結婚しても心から満足できないことがあるかもしれません。

もちろん女性は、結婚後に性的に開花しますから、さほど心配はないと思うでしょうが、どこかで違和感があると、いつかそれが出てしまうのです。

しかし、たんに毛嫌いするような映画であっても、男のほうが性に対して積極的ですから、かならずしもそれでイヤらしい男とならない場合もあります。

そのときは映画を観たあとの、男の行動や言葉に注意するのです。

とたんにイヤらしくなったり、ホテルへ行こうと強引に誘うような男だったら、あなたにふさわしい未来の夫とはいいがたいかもしれません。

趣味は一致していなくても、性的なフィーリングは、合うに越したことはないのです。

結婚に向けた行動

結婚に向けて行動するのにはお金がかかる、と思っている人はいませんか。

確かに、現在の日本では、映画を観るにもドライブに行くにも旅行に行くにも、結構な金額を要します。

昼に待ち合わせして、映画を観て、喫茶店に入って、夜はアルコールのある店に出かけたとしたら、数万円はかかってしまうでしょう。

移動に車を使えば、ガソリン代、駐車場代、高速代も必要になります。

しかし、商業施設や高価なレストランでなくても、楽しく過ごすことはできるのです。

彼に「どこかに出かけようよ」と言われて、「お金がないから」と断ってはいませんか?逆に、彼に外でのデートをせがんでも、お金を理由に断られたら、それは理由にはなりません。

楽しもうという気持ちさえあれば、あなたはお財布の中身を気にすることなく、行動するデートを楽しむことができるのです。

おすすめは公園でのデートです。

公園の芝生に寝そべって、何かゲームをしてみましょう。

二人は向かい合い、同じ意識を共有します。

時間が経つのは本当にあっと言う間だと感じるはずです。

異なる価値観の人との結婚

あなたが花好きだとすると、花好きの男を好ましいと思いますか?

たしかに花の話をしていれば楽しいでしょうし、"いい人と知り合ってよかった"という気持ちになるでしょう。

しかし、結婚とは四六時中、花の話をすることではありません。

お金の算段もしなければなりませんし、浮き沈みもあります。

こうなると、自分にない能力をもった男性が頼もしくなってくるものです。

欧米の男女は、それを知っているせいか、選ぶ基準を"異なる価値観の持ち主"においています。

自分が陰なら陽の男。

和風が好みの女性なら洋風好みの男。

本好きなら外出好き。

短距離と長距離。

こういう男女が一緒になれば、片方が派手好きでも、一方が締めることで釣合いが取れます。

実はこの思想は、陸地つづきで国境を接している国の、生きる知恵でもあります。

どこでも暮らせる全方位結婚といっていいかもしれません。

日本は島国だったので、こんなことを考える必要はなかったのです。

しかしこれからはちがいます。

国際化時代の日本は、世界に飛びだすことになります。

極端な例ですが、夫婦ともに和食好みでは、外地駐在のとき困るでしょう。

できればちがう価値観をもった男性と、結婚を前提につき合うようにしてみてください。


20代での結婚

結婚したら、自由がなくなるとか、旅行にもいけなくなるからと独身時代に遊んでおこうと考える女性がいます。

結婚したら、生活が180度転換してしまうような恐れを女性は口にします。

やりたいことをやって、後はあきらめて結婚する。

それは男性に依存して生活するためのある程度の犠牲のようなものです。

そんな保守的結婚観を女性はまだまだ持っています。

そこには、専業主婦になるという意味があるのでしょうか。

結婚しても働いていれば、女性だってある程度、自由にお金が使え、旅行だっていけるでしょう。

独身時代のようにいかないかもしれませんが、結婚しても自分の生活スタイルをまったく変える必要はないのです。

30歳の女性が結婚して、相手の生活スタイルに寄り添って、相手に合わせて生活することはできます。

まだ、自分のスタイルができていないからです。

20代の女性が、今までの生活はあらためて、結婚すれば新しい人生があると考えるのは、非常に未熟な考えです。

20代になればある程度の生活レベルなり、スタイルを持っています。

せっかく築いてきたものを結婚のために捨てられるはずがありません。

「捨てられないから結婚できない」人も多いのですが、「結婚するためにはとことん相手に合わせてしまう」という人もいるのです

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カリスマ結婚・再婚カウンセラー

アメリカでは、国を代表するようなカリスマ結婚・再婚カウンセラーが何人かいて、人気がトップにランクインする人々は、年間数本担当するだけで、一年分食べていけるくらいの高収入を得るとの事。

ハリウッドのスターなどの結婚式を手掛ければ単価もさぞかし高いでしょうし、スターでなくても広いアメリカ、億万長者達の結婚式で得る報酬は、高額となるはずです。

日本では今後どのようになるでしょう?

なかなか、日本独特の結婚式産業の中では、アメリカのように一足飛びにはいきにくいとは思います。

アメリカになくて日本にあるもの、それは総合結婚式場はもちろん、ホテルにおいての結婚式の需要はなくてはならないものです。

アメリカは御存知のように、広大な庭、自宅、公園、テント、植物園等、様々な場所で自分達らしく結婚式を行います。

逆に総合結婚式ビジネスを行うホテルでの披露宴は、一般にはまだまだ浸透していないそうです。

日本の結婚・再婚カウンセラーが実積を併ったカリスマとなっていくには、どういう方法が考えられるでしょうか?

日本の結婚・再婚カウンセラーは

①プロデュース会社に勤務して腕をあげていく、

②独立してプロデュース会社を起業する、

③ホテル、結婚式場での婚礼係として働く。

という道があると思います。

セレブ 結婚

結婚再婚アテンダント

結婚・再婚という意味は、言わずと知れた「花嫁の」という意味の形容詞です。

そして旧来使われてきた結婚・再婚アテンドという意味からアテンダーという意味は、つまりバーテンダーのように男性をさすことが多いので、21世紀型としては結婚・再婚アテンダントという言い方を主流にしたものです。

私の友人は結婚・再婚専門に近いフラワーデザイナーとして結婚・再婚の仕事が大好きの一心でこの結婚・再婚業界でやってまいりました。

それはレッスンの場でゆったりと音楽を聴きながら優しい指導や会話の中で技術を習ったところで一回きりでは身に付きませんし、危機感もわきません。

現場でお客様のブーケを作ったり搬入セッティングを自ら行う過程を経て、初めて血となり肉となって生きてくるのです。

この他、カップルとの打合せ、アテンダントの仕事も同行させます。

技術においては、私や私の右手左手の本部スタッフが作ればアッという問に出来上る作品が数十分、ひどいときには1時間もかけて作る人もいます。

再婚


女性にとっての結婚・再婚

結婚・再婚の場所を選ぶのに、最近とても重要視されているのが、式場の工夫する力です。

かつては、全く会場装花に口出しをする(リクエスト)ことがゆるされていない、アルバムの中から選ばざるをえない状況でした。

今は時代は変わりました。

それほど女性にとって会場選びは大切なのです。

結婚が決まる、女性の心の中は「どんなドレスを着ようかしら?」「どんな髪形で?」「どんなブーケを持とうかしら?」と想像に思いをはせます。

想像というより空想ですね。

それは幼い頃あった童話の絵本の中に、ドレスを着ていたシンデレラや白雪姫、その時からいつか自分もこんなお姫様になってみたいと結婚式に重ねあわせて育ってきたのです。

だからドレスや髪形を想像しておしまいなわけではありません。

その素敵な私が立っている、そして歩く、そして友人や両親が皆で拍手をしている。

そんな空想が頭の中をぐるぐる回るのです。

女性にとって、結婚・再婚とはそういうものです。

結婚


結婚・再婚カウンセラー

いくらすばらしい結婚・再婚カウンセラーを自負し、すばらしいカウンセリングを提供しお喜び頂いても、その挙式までの打合せの回数や時間が、とてつもなく多くなっては不便です。

そんな時、この、心を引き出す為のアンケートは大切な役割をします。

スピーディーな対応カップルと打合せをしていると明確なコンセプトが思い浮かばないということも多々あります。

お二人の出会いは?

会社ですお二人の仕事の特徴は?

お二人の趣味は?

じゃあお好きな花は何?お好きな色は?

と結婚・再婚カウンセラーが質問をします。

心を引き出すとは、かなりの場数が必要です。

二人のかもし出す、雰囲気とか、身につけている洋服や、お化粧の仕方、色、熟練してくると瞬時に見抜くというか、心に伝わってくるメッセージがあります。

新人で場数を踏まないと、これらは伝わってこないので、単なる質問で答えを引き出そうとしてしまいます。

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花と結婚・再婚

花は人を癒し、花そのものの存在も癒しであり、又、その花を使って表現する人自身も人を癒す。

だからこそ、その人とは精神美が伴わなければ、人に癒しを与えることも、癒しの要素をもった花さえも、生かすことはできないということです。

だからこそ精神美を伴う、つまりは心を磨くことをしなければ、人にそれを与えることはできないということなのです。

心を打ち、心を開き、心が動き、心が輝くのです。

私は、これをスピリチュアル結婚・再婚として名づけます。

今まで釈然としなかった多様化ゆえのオリジナル結婚・再婚の定義。

何をもってしてオリジナリティを表現するのか?

大方は結婚・再婚相談者やフラワーデザイナーのアイディア提案型も多いのではないでしょうか?

これはこれとして確立していくのは良いことですが、何か、もう少し、人間の精神性を表現したいと思いました。

作り手も受け手も、共に"心"というものを介在にして、その存在に比重をおく。

進行の形や演出のあり方を問うのではなく、精神性をどう出していくか?

"癒し"という言葉やグッズがこれだけ受け入れられているこの時代。

多くの結婚・再婚相談者達の今後のテーマの一つとして、是非考えに入れて頂きたい。

答えは一つじゃないのです。

みなさまそれぞれのの人生のテーマでもあるかもしれません。

花嫁とドレスとあわせてデザイン、コーディネイトするのはもちろん、花嫁の人間性までも映し出す。

花嫁の人柄までも映し出すようなデザインや揺れ具合なのです。

このように、心と心の対話というような、精神美を表現する時代がきたのではないでしょうか。

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お見合い攻略法

お見合い本番で紹介者が司会役で一所懸命に、座の取り持ちをしているのに、付添人が黙っていたのではなんのための付添いかわかりません。

自分が話題の中心になってしまうのは論外ですが、本人の側に座って、当事者の気分がほぐれるまで、相手の付添人や紹介者と話したり、相手にかわって質問したりします。

若いふたりの間にあって、控え目ながら、付添っている人がお見合い相手の人柄にしっくり触れ合えるようにと心を配ります。

質問されて、答えに戸惑っていたら、それとなくかばったり、とりなしたりしてやります。

付添人はあくまでも当事者同志の補助役です。

はじめて同志ですと、どうしても画くなり、会話がうまく続かなかったりします。

そんなとき、それとなく会話がスムーズになるように口を添えてやります。

付添人はあまり目立つような言動をしないほうがよいでしょう。

紹介者のふたりを尋問するような質問攻めは禁物ですが、付添人が先方の本人にあまり必要のない質問をするのも避けます。

酒量や毎日の帰宅時間、ギャンブルの好き嫌いなどの問いかけは、特に不愉快な感じを与えますから注意します。

話がはずみ、笑い声が聞れるようになったら、紹介者は、ころあいを見計って、付添人をうながして席をはずすとか、散歩に出してやるなど、若い人たちふたりだけにし、話しあう機会をつくってやります。

お見合いの付添人同士の間にも注意をはらう当事者に気を配るのは、紹介者の重要な役割りですが、付添人同士が好意を感じあうようにしむけるのも紹介者の役割です。

若いふたりが席をはずしたら、付添人同士が心から打ち解けられる雰囲気をつくります。

むろん、お見合いの当事者が席にいても、同じ心配りをしなければならないのはいうまでもありませんが……。

お見合いの席をはずして、相手の話もよく聞く付添人から離れ、ふたりだけで別行動をとり、お互いに相手をよく理解するために喫茶店などに入って話すのもよいでしょう。

会話を上手に交わし、気持ちよくすごしたいのなら、上手に話すのはもちろんですが、一方的に話すだけでなく、相手にも質問して相手の話を抽き出すようにします。

また、相手の話を熱心に聞き、あいつちを打ちながら、とき折、逆に質問します。

これが上手な会話のコツ、話し上手聞き上手になる方法です。

お見合いその日のうちに紹介者にお礼をいう当日のデートは、あまり遅くならないうちに切り上げます。

そして、家に帰り着いたら、電話で、紹介者にお見合いの席での仲介の礼をいうと同時に、その後のふたりだけの行動を報告します。

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お見合いは2時間くらいが適当

お見合いをする当事者たちが、堅くならず、自由に話し、伸びのびと笑い、明朗にふるまい、自分をありのままに表現しあって、相手の性格やムード、考え方などをある程度理解するというお見合いの目的を充分に達せられるように、紹介者は、その場をさりげなく演出して、座を白けさせてはいけません。

ふたりの席が離れすぎていても、逆に、正面と正面に向い近すぎても、恥ずかしく、てれくさくて、緊張したり、白けたりしますから、当事者の位置関係はよく考えます。

みんなが席についたら、お見合いの司会役の紹介者がまず双方を紹介します。

外国では、一般的に目下を目上に、男性を女性に、先に紹介するのがエチケットとされています。

これは目上、女性を尊重する精神から生まれたしきたりです。

つまり、人生の先輩としての目上の人や「レディファースト」のことばどおり、女性を優先させ重ずることからきているわけです。

紹介者から担当している仕事の内容も話す紹介されたら男性は、名前や職業と名乗って、おじぎをします。

次に、男性本人が女性の付添いに挨拶し、女性の付添いがおじぎを返します。

挨拶のあと紹介者や付添人ばかりがあまり長く世間話をしないように気を配りますが、初めの5分か、10分は、みんなの気分をほぐし、打ち解けるように、紹介者が肩のこらない話題を持ち出します。

しばらくして、ふたりの仕事の内容などを少し詳しく抽き出したりしながら、話が当事者中心になるような話題を提供すると、スムーズに展開していきます。

お見合い時間は全体で2時間くらいが適当です。

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お見合い当日の司会プラン

お見合いの日の服装は、会って話しあう場所や時間に調和したものを着なければなりませんが、あまり着飾ると緊張しすぎて楽な気分でふるまえなくなります。

なるべく着慣れた、安心して着られる服装がよいでしょう。

男性は背広、女性も、ふだんの装いに多少アクセサリーをこらした程度にします。

ただし、髪の毛はきちんと整え、爪の先やえり足などは清潔にしておきましょう。

女性の場合、香水のつけすぎ、厚化粧はタブーです。

素顔を生かした清楚なお化粧をを心がけます。

服装は場所と時間とに調和したものにしましょう。ただ、相手との調和も大切です。

相手がなにを着てくるのかわかりませんから、どんな程度の服装をするのか、紹介者に双方が相談して決めるのがいちばんです。

紹介者と付添人も、お見合い当事者の装いにあわせるようにします。

付添人や紹介者が若い場合は、お見合いをする人が見劣りするような華やかな装いは避けます。

写真などの交換がすみ、男女共にお見合いにむりなく合意したら、紹介者は司会役を引き受けなければなりません。

当日の席上で、司会役の進行がうまくいくかどうかによって、お見合いの成否は大きく左右されます。

失敗のないように、司会プランを前もってよく練っておく必要があります。

双方の家族と本人の趣味、関心事、家庭の生活様式などを調べて、共通の話題で話がはずむように準備します。

ありふれた世間話でにぎやかに歓談できれば成功といえるでしょう。

お見合いの場所と日取り

地理的にみて、紹介者と当事者双方が都合のよい場所のレストランで、軽い食事をしながら会うのもよいでしょう。

落ち着いた大きな喫茶店でお茶の時間をすごすのも悪くありません。

格式張ったレストランや料亭の個室を利用したり、観劇にかこつけて大劇場が使われたりしもしますが、あまり改まった、初めての不慣れな雰囲気の場所が指定されると、当事者は初めから気後れがしたり、不安を感じたりします。

また、当日は互いに堅くなって、しっかり相手を観察できないでしょう。

自分を素直に、伸びのびと表現するのもむずかしくなります。

紹介者は充分注意しなければなりません。

双方共に抵抗なくいける場所が、若い人にふさわしいでしょう。

双方の都合のよい日時を選ぶにかかわりなく、ふたりの都合のよい日、たとえば土曜日の午後か、日曜日の午前十時ごろを選びます。

ウィークデーは仕事の関係上、夕方から夜になりますので避けたいところです。

付添人お見合いの付き添いは少いほうがよいにきてもらうかどうかは紹介者の判断ですが、付添人はなるべく少人数のほうがよいでしょう。

紹介者と本人同士だけというのも現代的で悪くありませんが、どうしても気づまりになりがちです。

家族の付添人がいれば、家庭の雰囲気もわかるし、本人のことばの不足も補ってもくれます。

女性の付添人は母親かおば、男性の場合は会社の上司か先輩などが適当でしょう。

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仲人を引き受けるときの注意

仲介者を引受けるれるということは、それなりの社会的地位、人柄を認められたということです。

それだけに安受け合いで引受けたりすると、あとで自分の信用にかかわってきます。

自分自身が十分納得した上で、話をすすめることが大切です。

自分がよく知りもしない人を、ただ親を知っているからというだけで話を進めたり、義理で引受けるのでは、若い二人の将来に責任を持つことはできません。

本人に会って、直接希望条件を聞いたり、両親などをよく知り、預かった資料の疑問点や、はっきりしない点も確認しておきます。

趣味や性格など本人たちの似合いの程度、などを検討し、よさそうだと判断したら、とんとんとたたみかけるように、話をすすめると、まとまりやすいものです。

よく、「仲人口」と仲人ロはトラブルのもといって本人や、そのほかのことを実際以上に伝え、不利な点を隠すことがあります。

これは、あとで責任問題が生じることになりますので、気をつけなければなりません。

マイナス面を有利な条件に盛n・たてるのも仲介者の力量ですが、純粋な当事者への好意が仲人口につながることもありますから、常に公正な目を失わないよう心がけましょう。

先方の資料を検討した段階で、もし、気にいらなければ、お見合いは、しないのが礼儀です。

気がねして、いやいや会うだけは会うというのは、礼にかなっているようで、実は逆です。

断るとわかっているお見合いは、相手に対して失礼です。

お膳立てしてくれた人々も困った立場になります。

お見合いお見合いを断わるときはなるべく早くを断りたい気持ちになったら、なるべく早く紹介者にその点を伝え、写真などの資料をすぐ返します。

「良縁だと思うのですが、どうも本人の気がすすみませんので、どうか……」「もったいないお話なのですが、この度は、ご縁がないように思いますので……」と、親や兄姉がていねいに断ります。

で、「ほかに適当な方がいらっしゃったらよろしくお願いします」と重ねて依頼します。

お見合い準備

紹介者に預ける写真の裏に名前を書き入れておくと書類と写真がバラバラになったり、誰のものかわからなくなったりするおそれがありません。

写真や自己紹介書を交換するのは、相手にできるだけ自分を詳しく知ってもらうのが目的です。

だから、先にあげた項目についてだけでなく、健康状態や生活目標、趣味、参加サークルなどなんでも記入します。

よく整理して、一見してわかるように箇条書きにするほうが親切でしょう。

この自己紹介書の目的は当事者同志が互によく理解し、知りあうためにあります。

まず何よりも、お互の信頼が大切です。

そのために本人同志、家族ぐるみの交際の中から、相手を知るようにしたいものです。


見合いのコツ~紹介者とのやり取り

お見合い相手の紹介の依頼をして、詳しく話した自分に関する事柄や希望をわかりやすく、箇条書にして渡しておくと、話をすすめる具体的な手がかりとなります。

相手にみせないものですから、かっこうをつけないで、本音をちゃんと書いたほうが正直です。

結婚・再婚相手の紹介を依頼にいく場合、本人ひとりで、というのは、よほど親しい間柄でもちょっと失礼でしょう。

父親か母親と一緒にいくのが礼儀です。

兄か姉、おじかおばでもかまいません。

できるだけ自分の正確な情報を伝える、と述べましたが、それだけでは不足です。

お見合い写真と自己紹介書を持参し、簡単な手みやげをもって、どうぞよろしくとお願いにいきます。

相手の都合のよい日時を尋ね、自宅か、指定された場所に時間に遅れずにいきます。

写真屋さんお見合い写真にはスナップを添えるで修正をほどこした、着なれない和服姿の、緊張しきった表情の写真では、実物の魅力が相手に伝わらない可能性があります。

素人写真でも、素顔やふだんのようすのよくわかるスナップ写真を一、二枚添えるとよいでしょう。

お見合い写真が和服なら、スナップ写真は洋服姿の、全身が写っているものにします。

男性の場合も同じです。

自己紹介書には、身長、体重も書き入れる自己紹介書は、ふつうの便箋に本人がペンで書きます。

形式はまったく自由ですが、記入する事柄は、氏名と生年月日、現住所、職業など。

その他、趣味、身長、体重、めがねをかけているときは近視度を書きます。

自己紹介書は男女双方で交換するのが現在では一般的です。

東京のエグゼクティブにとっての娘の結婚

東京のエグゼクティブトの方々にとって、娘さんの結婚はどんな意味を持つのでしょう。

いろいろな方がいらっしゃいますが、総じて言えることは一つ。

ご家族のために、何十年も働き続けてくださった人です。

東京のエグゼクティブさんたちは、どんなに忙しくても、たとえ嫌なことがあったとしても、歯を食いしばって働き続けてきました。

心の安定には経済的基盤が大切という現実を見れば、お父様はご家族を心身共に支え続けているとも言えるでしょう。

そうやって長年守り育ててきた愛娘を手放してしまう瞬間が、結婚です。

最近は「嫁ぐ」というより「新しい家庭を築く」という感覚が主流ですし、結婚したからと言って娘であることに変わりないのですが、やはり結婚は大きなけじめ。

エグゼクティブのお父様にとっても決断のときなのです。

お父様は、幼い頃の貴女とのさまざまなふれ合いを思い出し、娘の背中を見送る日を想像し、既にさびしさで心にぽっかりと穴が開いているかもしれません。

どうか残された日々の中、出来るだけお父様と向き合って、相談する機会を設けてください。

「好きにしなさい」とおっしゃるかもしれませんが、進捗状況を報告するだけでも、親は嬉しいものです。

それにお父様もかつては新郎だったのです。

時には彼と衝突することもあるかもしれません。

そんなときこそお父様に相談してみましょう。

男性としての思わぬ意見が聞けるかもしれないし、問に入ってくださるかもしれません。

人生の大先輩として大いに頼りにしましょう。

再婚カップルの結婚式事情

「自分らしさ」という言葉が飛び交うこだわりブライダルが再婚カップルの間でも主流となっています。さらに「おもてなし」というコンセプトが加わり、最近は「再婚であっても、親に晴れの姿を見せたい」という意識も高くなってきたようです。

ステージもホテル・結婚式場に加えてハウスウェディングやレストランウェディングと増え、演出も思いを伝える内容からサプライズまでさまざま。

しかしながら選択枠が増えた分、再婚カップルの当人達がよほどきちんとした意識を持たないと自己満足で終わってしまう危険性も感じています。

ご列席くださるすべての方の心が、慶びで満たされる一日となって頂きたいと願うばかりです。

新たな世界へ飛び立つおふたりと、ご家族の皆様の末長いお幸せを祈りながら、この本を作りました。

佳き日となりますよう、少しでもお役に立てば幸いに存じます。

東京での結婚式のスタイル

東京の結婚式のスタイルは、主流が神前式から教会式に移り、その後海外挙式や人前式も増えました。

また最近は、東京では仲人や媒酌人という存在はほとんどなくなり、親御さんではなくご本人からのご招待状も珍しくありません。

しかし慶びの表現が大きく広がった分、何か大事なものを置き忘れてきているような気がしてなりません。

結婚式とは、「今までありがとうございました」とお世話になった皆様へお礼を申し上げる場であり、「これからよろしくお願いします」とご挨拶させていただく場です。

そして多くの方が貴重な時間とお金を費やしてお祝いに駆けつけてくださる、親愛と思いやり溢れる場でもあります。

最近はお届け婚も多いようですが、出来ることならぜひお披露目の機会を設けて頂き、これからのおふたりを応援してくださる方々と素晴らしいひとときを過ごして頂きたいと、願ってやみません。

ウンチク男たち

車にだって、二年に一度は車検があります。

古くなればなるほど点検整備が必要になり、以前は十年を越えると、二年に一度ではなく毎年車検しなければなりませんでした。

長く付き合った夫婦に必要なもの、それは"愛の車検"です。

何故だかこの頃ギスギスしている!

「やればできるじゃない」という言葉があります。

とりたてて深い意味はないと思っていたのですが、それがそうでもないようです。

少なくとも、私の場合、言う相手によってかなり意味が違っていると、先日、ふと気づきました。

息子に言う時、それは励ましの思いが籠っています。

漢字の書き取りや部屋の掃除、自転車の練習など、彼が苦手とすることができた時、私は「やればできるじゃない」と、言います。

当然のことながら、息子は嬉しそうに笑います。

「まあね、本気出せばざっとこんなもんよ」と、照れながら威張ったりもします。

けれども、夫に対する時は、ちょっと意味が違ってきます。

情けない話なので、あまり言いたくはないのですが、皮肉をこめて使っていることが多いように思うのです。

例えば、彼が大学の研究室ではかいがいしくコーヒーをいれると知った時や、知人のバースデーにポケベルで"おめでとう"のメッセージを入れている最中などに、私はつい言ってしまうのです。

「ふーん、やればできるじゃない」と。

ここには励ましの気持ちなどみじんもありません。

ただ単に「うちではやってくれないくせに」、「私の誕生日なんて思い出したこともないくせに」という愚痴が続くのをかろうじておさえているだけです。

先日も「やればできるじゃない」を言った後、私は激しい自己嫌悪に陥ってしまいました。

「うう、私もただの愚痴っぽいおばさんになっているんだなあ」と、かなり悲しかったのです。

けれども、これは私だけに言えることではありません。

同じ台詞を結婚相手に言ったのが原因で、喧嘩になったカップルもいます。

先日、わが家に遊びに来たカップルが、私の前で喧嘩を始めました。

コーヒーカップを片づけようとした彼に、彼女のほうが「へえ、あんた、普段、そんなことせえへんのに。

やればできるやん」と言ったことがきっかけになったのです。

彼女からすれば、外面ばかりいい彼に腹を立てていたのでしょう。

私もときどき同じような気持ちになりますから、よくわかります。

けれども、彼からすれば、単にカップを片づけただけなのに、そのような嫌味を言われる筋合いはないというわけです。

彼女がなぜ怒るのか、見当もつかなかったに違いありません。

このカップルに限ったことではなく、付き合い始めてしばらくたつと、人は恋人の前ではつい油断するようになります。

デートをし始めた頃は、相手の心の動きに細かく気を使っていても、二人の親しさが増すにつれて、だんだん、相手に甘えるようになってきます。

それだけ相手に気を許しているということなのでしょうが、時として腹が立つ、いや、時としてではなく、しょっちゅう腹が立つ状態になってしまうわけです。

一番いい顔、一番おしゃれした姿、一番やさしいふるまいは、本来、恋人のものであるべきでしょう。

けれども、付き合いが長くなると、恋人にさらすのは、疲れてヨレヨレの顔、楽が一番という服装、そして、ぞんざいなまでに図々しいふるまいというのが多くなっていきます。

これでは、片方の眉毛を上げ、嫌味を込めて、「やればできるじゃない」と言いたくなるのも、仕方がありません。

けれども、外では恰好つけている恋人が自分の前ではボロボロのヨレヨレでいる時、腹を立てる前にちょっと考えてみましょう。

彼はあなたの前だからこそ、弱味を見せているのではありませんか。

あなたがスッピンの素顔を彼にだけ見せるように、彼が心のヌードをさらすのは、あなただけなのではないでしょうか。

ほら、よく言うでしょう。

犬は心を許した飼い主には、柔らかいお腹をさらすけれど、警戒している人には、たとえ頭をなでられても、決して腹部は見せないものだと。

彼も同じで、人には見せない恰好悪い姿や柔らかな部分をあなただけにさらしているのかもしれません。

できることなら、「やればできるじゃない」という言葉は、誰かを励ます時だけに使いたい、私はそう願うようになりました。

以来、自分が嫌味っぼくなっているなと感じると、私は自分自身に言うようにしています。

「大丈夫、やればできるわ。『やればできるじゃない』って、皮肉っぼく言わないようになれるわ」と。

自分に足りないものを補いムロえたら……

ウンチクを傾ける時は、勇気が必要です。

「煙たがられるかもしれない」とか「うるさそうだと思われやしないか」とか「知ったかぶりしていると思われたらどうしよう」等々、つい心配ばかり先に立ってしまいがちです。

相当、神経が太い人でも、ウンチクを披露した後は、「いやあ、出すぎた真似をしてしまったようですねえ」などと、頭をかいたりしているところを見ると、ウンチクを傾けるのは、男女を問わず、なかなか難しいことなのでしょう。

けれども、人は自分にはできないことをしたり、自分が知らないことを知っている人に対して、尊敬の念を持つものだと思います。

特に、「この件に関してはたいていの人より詳しい」と言いきれるような何かを持っているのは、たまらなく魅力的です。

先日、友達と電話で話していた時に、その話をすると、「アッコって、オタクが好きなんだね」と、呆れられてしまいました。

ちなみに、彼女は人前でウンチクを傾けるような男は大嫌いだそうで、私の趣味など、まるで理解できないと言います。

「別に特にオタクを好んでるとは思わないけど」と、不平を言うと、「じゃあ、どんな男が好きなの。

好きなタイプ、言ってみて」と、切り返されてしまいました。

これまで自分が特にオタク好きだと思ったことはありません。

けれども、一つのことに秀でていたり、ある特定のことにやたらと詳しかったりするのをオタクというなら、確かに、私はオタクが好きなのでしょう。

自分ができないことをしたり、自分が知らないことを教えてくれる人に弱いのですから。

けれども、カップルはお互いの足りない部分を補うものです。

完壁な人間なんていませんから、自分に欠けている部分を補ってもらいたいと思うのは、私だけではないでしょう。

「ウンチクを傾ける人なんか嫌い」と言いきった友達にしても、結婚相手には自分ができないことをする人を選んでいます。

機械音痴な彼女とは違い、彼は家庭にある電気器具の配線を易々とやってしまうような人なのです。

ですからもし、あなたに好きな人がいて、その人の心を自分にひきつけたかったら、相手のできないことをしてみせればいいと、私は思います。

会議録をきちんとまとめたり、部屋を綺麗に片づけたり、語学が堪能だったり、彼が考えつかないようなアイデアをひらめかせたり、イライラしがちな彼の神経をほぐすようなのんびりした雰囲気を持っていたりとか、何でもいいから、とにかく相手のできないことをしてみせればいいのです。

相手をサポートし、相手にサポートされる、そんな関係が築けたら、これぞ理想のカップルということになります。

好きな人に対してだけは、おそれることなく存分にウンチクを傾けてしまいましょう。

最初は驚かせてしまうかもしれませんが、彼があなたの話に興味を持っているようなら、ちゅうちょしていてはいけません。

ぐんぐん前進すべきです。

そのうち、あなたは愛しい相手の瞳の中にハート形の光がともっているのに気づくことになるでしょう。

お見合い相手に自分をさらけ出す

結婚相談所のお見合いで知り合った恋人には、ありのままを見せるべきだと言います。

確かに、自分を取り繕って良いところばかり見せようとしても、いつかは正体がばれてしまうものです。

だったら、最初から自分をさらけ出したほうがいいに決まっています。

だからといって、自分をむき出しにしてばかりではいけません。

付き合いが長いカップルは、とくに注意が必要です。

彼と一緒にいることになじんでリラックスできるのは素晴らしいことではありますが、リラックスしすぎていると、とんだしっぺ返しをくらうことがあります。

リラックスするというのは、図々しくなることではないのです。

後悔先に立たずの状態に陥らないようにしなくては。

先日も、こんなことがありました。

長い間、仲良く付き合っていたカップルが突如、破局を迎えたのです。

別れた理由は、何と「彼女が太っているから」なんだそうです。

痩身サロンが喜びそうな台詞ですが、肉体的なことを理由に別れるなんてあんまりです。

私は自分がふられたように頭にきました。

もちろん、人間には好みのタイプというのがあります。

それくらいは、私にだってわかります。

彼にしたら、もっとスリムな人を結婚相手にしたかったのでしょう。

けれども、それなら、彼は最初から彼女と付き合うべきではなかったのです。

私の知る限り、彼女は痩せていたことなどないのですから。

二人が付き合い始めた時だって、彼女は決してスリムな女の子ではありませんでした。

彼女自身が述懐するように、「私、生まれてこの方、痩せていたことなどない」人なのですから。

彼は自分の意思でふっくらタイプの彼女を選んだはずです。

それなのに、五年も交際した挙げ句に、「太っている」を理由に別れるなんてあんまりじゃないか、そんなの単なる言い訳だと、私はムカムカしていたのです。

そのムカムカが絶頂に達していた頃に、彼と会った私は、よせばいいのについ「ひどいわよ」と、文句をつけてしまいました。

自分がふられたわけでもないのに、こういうのを余計なお世話というのでしょうが、どうにも我慢ができなかったのです。

けれども、彼は「それは誤解だ」と、言います。

「彼女が太っているから別れたわけではありません。

ただ、太っているのにパクパク好きなだけ食べるその態度が嫌になっただけですよ」と、逆襲してくるのです。

彼が言うには、ダイエットするならともかく、「太っていてもいいんだ、それでも好きなのが愛ってもんでしょ」といわんばかりの開き直りが許せなかったのだそうです。

私は負けずに応酬しました。

「でも、しょうがないでしょう。肉体的なことは自分ではコントロールできないんだもの。第一、五年も経ってからそんなこと言うなんて、おかしいじゃない」すると、彼は、「でもね、千代田さん。もし、好きな人が痩せて欲しいと言ったら、千代田さんだったら、少しは努力するでしょう?現実に体重が落ちなくてもいいんです。際限なく、ケーキを食べたりしないでしょう。僕はあいつのそういうところが嫌になったんです。これでも、僕のほうは努力してたんですよ。あいつが口臭のある男は嫌だっていうから、いつもマウスペットしたし、アルマー二着て欲しいっていうから、必死でバイトして、バーゲンに行ったりもしたしね。それなのに、あいつは何もしないんだもん。それでいながら、『このままの自分を好きでいて』なんて言われたってさあ。そうでしょう?そうじゃありませんか、ねえ?たまんないもん、俺ばっかりさ、頑張って。あいつはただ座って、食ってばかりじゃあさ」と、最後はほとんど愚痴めいた口調で訴えるのです。

どうやら、彼女の体重、それ自体はたいした問題ではなかったようです。

好きな人の好みに近づくような態度を見せたかどうかが、勝負の分かれ目だったわけです。

もちろん、素地のままの自分を好きになってもらえれば、それに越したことはありません。

けれども、子供ではないのですから、あまりにも飾らないでいると、他人をゲンナリさせてしまうことだってあるはずです。

そう、ちょうど処理していない腋の下のように、いけないっていうわけじゃないけど、ちょつとなあという感じを人に与えてしまうのだと思います。

長く付き合ったからといって、それに安住していては駄目です。

ありのままを見せることは、だらしなくなることと同義語ではありません。

結婚相談所で知り合ってからの関係が長くなればなるほど、自分に対して謙虚に接する態度が必要になってくるのでしょう。

心と体にだらけたゼイ肉がついてしまってはいないか、自分自身を今一度、点検してみてください。

「忙しい」というのは言い訳

学生の頃は、大学に行けば、自然と彼に会えました。

けれども、お互いに就職し、会社に勤めるようになると、忙しい時間を工面しなければ会うことができません。

たまの休みを彼のために早起きし、一生懸命おしゃれしてデートに出かけていっても、彼はいつもいつも遅刻です。

最初のうちは、「忙しいんだから」とか「くたびれてるんだわ」と思い、許していたのですが、彼女だって神様ではありません。

だんだん、不満がたまってきます。

二人にとって、最後のデートになった日、朝から雨が降っていました。

彼女は時間通りに約束の場所へ行き、いつものように彼を待ちました。

そして、冷たい雨が降るなかで四十分近く待たされている間に、別れの決心をしたのだそうです。

「もし、あの時、彼が時間通りに来ていたら、どうだったんだろう、案外、ズルズルとまだ一緒にいるかもしれないなんて思う時もあるんです。

あの日、『どうしよう。もう終わりにしようかな。でも、まだ好きだって気持ちも残っているし』なんて心が揺れている時、彼が遅刻したでしょう。何だか踏ん切りがついちゃって、もうこれまでにしよう、もういやだって、思っちゃったの」

この話を聞いた時、以前だったら、「そんなことくらいで」と、思ったかもしれません。

「もう一度くらい、チャンスをあげてよ」と、頼んだような気もします。

けれども、「好きな女を一分たりとも待たせたくない」と言いきったあの男性に会ったせいでしょう。

その時の私は、思わず「わかる」と、眩いてしまったのでした。

結婚相談所で知り合った交際相手に、しなくてもいい別れの決心をさせたくなかったら、好きな人を待たせてはいけません。

あなたが「つい遅くなって」いるうちに、あなたの彼が、そして彼女が、駅の改札口や地下街の柱の陰で「やっぱり駄目。

あの人とは別れよう」と、一人うなずいてしまうかもしれないのです。

たとえ、あなたの結婚相手が「我慢強く待つのも恋のうち」と考えてくれるような殊勝な人だとしても、それにあぐらをかいていては駄目です。

我慢強い人に限って、その限界を越えたとき、有無を言わせぬ行動に出ることが多いものですから。

なにごとも、初心忘るべからず。

遅刻してもいないのに、約束の場所へ走っていった日があったことをいつまでも忘れないでいたいものです。

結婚相談所で知り合った相手と・・・

彼は最近いつも約束の時間に遅れがち

「好きな女は待たせない」心意気好きな人の心を何とかして自分のものにしたいと願っているうちは、デートに遅刻するなんて考えられないことでしょう。

一分でも早く会いたい人を待たせるなんてこと、できるはずがありません。

私なんて、待ち合わせ場所にすでに着いていながら、彼が来るのが待ち遠しく、その場で足踏みしたものです。

ところが、晴れて彼を自分のものにしてしまうと、けっこうルーズになっていく。

いやあ、慣れというのは、実におそろしいものです。

足踏みしながら彼を待った日があったことも忘れ、平気で彼に貧乏ゆすりをさせるようになるのですから。

けれども、油断は禁物です。

彼の心を自分のものにしておくためには、やっぱり努力が必要です。

元々、恋は始めるよりも、続けるほうが難しいもの。

いったん結婚したからといって、それが永遠に続くとは限りません。

そういえば、私がまだ受験生の頃、友達と「継続は力なり」と言い合ったものです。

大手の予備校が掲げていた標語なのですが、勉強は毎日休まず続けるところに意義があるというわけです。

受験勉強だけでなく、恋を保たせるためにも、この「継続は力なり」は大切です。

恋を持続させるには、まさに日々の努力がものを言うのですから。

お互い、いい気になりすぎてはいけません。

それには、まず、デートに遅刻しないようにする、これが大切です。

あなたはついうっかり遅くなっただけでも、待っているほうからすると、けっこう辛く長い時間なのですから。

「遅れそうだけど、ポケベルを入れておけばそれでいいや」という態度も感心しません。

確かに、ポケベルのメッセージによって、イライラ度を減らすことはできますが、だからといって、遅刻してもいいはずがありません。

この間、うちに来た女子大生にポケベルを見せてもらったら、設定文として「遅れます」というメッセージが優先されていました。

それだけ、待ち合わせに遅刻した時に利用する人が多いということなのでしょうが、いくら便利だからといって、結婚相手にはあまり頻繁に使わないようにしましょう。

いつもいつもそのメッセージを使うようでは、恋心を疑われてしまっても仕方ありません。

私がそんなことを考えるようになったのは、「好きな女は待たせない」と、言いきった人に会ってからです。

一年ほど前のことです。

私はホテルのロビーで待ち合わせをしていました。

ところが、相手の人がなかなかやって来ません。

私はだんだん心配になってきました。

約束の時間を間違えたのだろうか、もしかしたら待ち合わせの場所はここではなかったのではないか等々、不安は不安を呼んでいきます。

念のためにと思い、手帳を開いて確認してみたのですが、やはりABホテルのロビーに午後四時となっています。

書き間違えていないかぎり、ここでいいはずです。

けれども、もしかしたらロビーが二つあるのかもしれないとも思いました。

私はあまり外出しないので、こうした情報にうとく、皆が当然知っているようなことを知らない場合がよくあるからです。

そこで、隣のソファに座っていた中年の男の人に聞いてみました。

「あのう、このホテルにはロビーは一つしかありませんよね。

ABホテルのロビーといったらここのことですよね」何せ見ず知らずの人ですから、私はおずおずと質問しました。

すると、彼は「そうですよ」と、うなずいた後、「あなた、さっきからもう二十分もそこで待っていますね。気の毒に。僕がこんなこと言うのもなんだけど、そんな人とは別れたほうがいいよ。待ってることなんかないんじゃないの」と、言うのです。

私は思わず笑ってしまいました。

私が待っていたのは女の友達だったからです。

「いえ、私、デートじゃないんです。残念ながら、待ってるのは女の子で。それに、彼女、遅刻魔で、いっつも遅れてくるんです。だから、私、彼女を待つの、慣れてるの」それでも、彼は自説を曲げません。

穏やかな声ではあったものの、「じゃあ、その人と友達でいるの、やめたほうがいいな。

余計なお世話かもしれないけど、僕はそう思う。

だって、あなたのこと大切に思っていたら、そんなに遅刻して平気なはずがないだろ」などと、言い出すのです。

言われてみれば、いつもいつも私を待たして平気でいるのは、私を大切に思っていない証拠なのかもしれません。

まして、これが結婚相談所で知り合った交際相手だったら、やはり、自分が愛されていないと疑いたくなるでしょう。

彼の言う通り、いつも私を待たせて平気な人とはさよならしたほうがいいのかもしれないと、私は考え込んでしまいました。

けれども、よく考えてみると、彼だって誰かを待っています。

私が来た時、彼はすでにロビーに座っていたのですから、かなり長い時間待たされているはずです。

もし、彼の説が正しいとするなら、彼も、自分を大切に思っていない人と待ち合わせしていることになります。

自分のことより、彼に興味を持ってしまった私はつい言ってしまいました。

「でも、あなただって、先ほどからずっと誰かをお待ちですよね。相手の方、随分、遅刻してますよね」と。

ところが、彼は動揺もせず、のんびりした声で答えるのです。

「僕はね、好きな女は一分たりとも待たせたくないんでね。だから、待ち合わせした時は、必ず三、四十分前に来ることにしてるんですよ。だから、彼女は遅刻しているわけではないんだよ。僕が勝手に待ってるの」

胸がジンと熱くなった私は思わず、「えー、うらやましい。いいなあ、あなたの恋人手」と、叫んでしまいました。

おそらく、ヨダレが出そうな顔をしていたことでしょう。

すると、彼はまたまた私をジンとさせることを言いました。

「やだなあ、僕が待ってるのは、恋人じゃないよ、女房だよ。これから一緒にメシを食いにいくんだ」

私のジンがジーンになって、ほとんど涙ぐみそうになっているところへ、ようやく待ち人たる友達がやって来ました。

「千代田さん、ごめんなさいねえ、出がけにちょっと手間どっちゃって」と、汗をふきながら……。

「では」と頭を下げて、私は立ち上がり、彼女と一緒に歩き出しました。

ホテルのロビーから出るなり、彼女が顔中をハテナマークにして聞いてきました。

「ねえ、隣に座ってたおじさん、誰?何者?千代田さんの知り合い?私のこと、すっごく怖い顔してにらんでたけど、どうして?なぜ、私、あんな顔されなくちゃならないの?」

私は笑いながら答えました。

「ああ、あの人ね。知り合いじゃないわ。初めて会った人よ。でも素敵な人でしょ」とにかく彼の心をひきつけていたかったら、遅刻は厳禁です。

あなたは最近、デートの時、約束の時間に遅れたことはありませんか?彼よりも早く着いたことが何度ありましたか?自分の胸に手をあててよおく考えてみてください。

もし、毎回、遅れているようなら、次回からは十分前に着くよう、自分に言い聞かせましょう。

「だって、忙しくてえ」とか「ブローに手間取っちゃって」というのは、言い訳です。

初めてのデートには、遅刻しなかったでしょう。

以前はできていたことができなくなっているのは、やはり彼に甘えているからです。

結婚相手に甘えるのはけっこうなことですが、何も遅刻して甘える必要はありません。

それくらいなら早く出かけ、彼の腕にぶらさがって甘える時間のほうを長くしたいものです。

待たせることは気持ちのないことそれから、しばらくして、またも同じようなことを感じさせる出来事が起こりました。

遅刻が原因で、知り合いのカップルが別れてしまったのです。

二人は学生の頃からの恋人同士でした。

長いこと交際していましたから、ゆくゆくは結婚するだろうと誰もが思っていました。

本人たちもそのつもりだったはずです。

結婚する時は、私たち夫婦に仲人を頼みたいとまで言っていたのですから。

けれども、結局、結婚どころか、恋人関係を解消することになってしまったわけです。

なぜだかよくわからないのですが、彼らは別れたことを報告しにわざわざわが家にやって来ると言います。

「そんなことしなくていいのよ」と、何度も言ったのですが、決意は固く、私たち夫婦は「別れの報告」を受ける羽目に陥ったのでした。

最初にやって来たのは、男の子のほうでした。

なげ彼は見ていられないくらい元気を失っていて、「なぜ俺がふられたのかわからない」と、嘆いてばかりです。

中学生の息子に「まあ、そんなにがっかりしないで。

きっとそのうちいいことあるよ」と、鵬まされていたくらいですから・彼の落ち込み方がいかに蔭だったかわかっていただけることと思います。

沈黙したまま座っているわけにもいかず、私は尋ねました。

「ねえ、何か思いあたることないの?彼女を傷つけてしまったとか、怒らせてしまったとか。

もう本当に関係の修復は無理なわけ?」少しでも可能性があるなら、あきらめるのはまだ早いのではないかと、考えたからです。

けれども、彼は強く首を振り、「わかんないっすよ。

だって、ずっとうまくいってたんだもん。

だいたい、付き合ってくれ、好きだ好きだって、迫ってきたのは向こうのほうなんですよ」と、嘆きます。

彼のほうはまだ未練たっぷりのようです。

その日、彼はすっかり悪酔いしてしまいました。

見ているこちらまで、暗い気持ちになってしまうほど、彼の落胆はひどいものだったのです。

帰り際、彼は私に頼みがあると言い出しました。

彼女に別れた理由を聞いておいて欲しいと、言うのです。

「えーっ、かなわないなあ。そんなこと、自分で聞けばいいのに」と思いつつも、がっくりきている彼の顔を見ると、いやとは言えず、私はついついうなずいてしまったのでした。

その後、すぐ、女の子のほうがやって来ました。

彼女のほうはキリリとしていて、ぼやいたり、嘆いたりしません。

早くも次の相手を東京の結婚相談所で見つけたといいますから、当然と言えば当然ですが、しょんぼりした彼を目のあたりにしたばかりだっただけに、女の子のほうが切り替えが早いんだなあと、私はびっくりしてしまいました。

これなら大丈夫と思った私は、おずおずと質問しました。

「どうして、彼のこといやになっちゃったの?答えたくなければ答えなくてもいいけどね、あんなに仲良かったのに、なぜ別れなくちゃいけないのかなあって不思議なの。

彼のほうではまだあなたのこと好きみたいだしね」彼女はさすがに顔を曇らせましたが、ちょっと考えた後、答えてくれました。

「結局ね、いつもいつもデートに遅刻してくる、彼のそういうとこがいやになっちゃったんです。いったんいやになったら、もう我慢できなくなっちゃったの」彼が言っていた通り、先に熱をあげたのは、彼女のほうだったといいます。

頼りないところもあるけれど、ハンサムだし、やさしいし、一緒にいると本当に楽しかったのだそうです。

ところが、付き合っていくうちに、彼のだらしなさがカンに触るようになってきました。

とくに、就職してから、気持ちが急速に冷めていったといいます。

結婚を継続することの難しさ

初心忘るべからずと言いますが、初心ってやっぱり忘れます。

情けないほど、簡単に忘れてしまいます。

とくに、結婚生活に関しては、忘れるどころの話ではないかもしれません。

よく「お昼ご飯に何を食べたか忘れてしまうのは単なる物忘れだが、お昼を食べたこと、それ自体を忘れてしまうのはボケだ」などと言いますが、恋愛の初心も完全に忘れるという点では、ボケに近いかもしれません。

私なんて、「そんなものあったっけ」って感じです。

好きな人ができたばかりの頃は、「自分を振り向いてくれたら、それだけでいいの。他には何もいらないわ」などと殊勝なことを言っていた人でも、彼とステディな関係になるや否や、「そんなものあったっけ」状態に陥ることが多いものです。

だからこそ、「クリスマス・プレゼントに心がこもっていなかった」と言ってはスネ、「電話の切り方が乱暴だ」と言っては怒るなんてことが起こるわけです。

結婚というのは、始めるのも難しいけれど、持続するのはもっと難しいものです。

最初のうちは激しく燃え盛っていた情熱も日が経つにつれて弱まってきますし、何をしても素敵に見えた彼の欠点やアラにも気づき始めます。

さらには、彼を変えたいという野心のようなものも芽生えてきます。

「いてくれるだけで満足」だったはずの彼に「もっと良い男になって欲しい」と願ったり、「もっと優しくして欲しい」と要求したりするようになります。

さらには、「一生を添い遂げるのに値する人になってくれなくちゃ駄目」とエスカレートすることもあるでしょう。

結婚相手の前に、飛び越すだけでやっとという感じのハードルをどんどん増やしていってしまうのです。

ハードルを置きたくなる、それ自体は仕方のないことです。

誰だって、自分の結婚相手にはより良い男になって欲しいと願うものでしょうから。

けれども、置き方を間違えないようにしなくてはいけません。

さもないと、恋の持続は望めません。

初心を忘れてしまうのは仕方がないとしても、恋を持続させるためには、やはりある種のテクニックが必要です。

好きな人に振り向いてもらえるかどうかは、運によるところが大きかったはずです。

どんなに好きでも、どんなに努力しても、振り向いてもらえない場合って、やはりあります。

相手に愛人がいたら、それだけで敗北の色はかなり濃厚となります。

けれども、恋を持続させるためには、運よりも、努力やちょっとした注意のほうが役に立ちます。

恋のファースト・ステップをくぐり抜けたあなた、恋を持続させていくセカンド・ステップにも成功してください。

恋は続けば続くほど、あなたを幸福にしてくれます。

彼との問に築かれた信頼、彼と過ごしてきた長い時間の積み重ね、それらはあなたを暖かな思いで満たしてくれるでしょう。

あなたの恋をできるだけ長く続け、力あふれるものにしていただきたい。

そんな願いをこのブログに込めました。

食欲、性欲、金銭欲

一緒においしく食べてこそ恋も楽しい人間にはさまざまな欲があります。

聞くところによれば、人間の三大欲望とは、食欲、性欲、金銭欲だとか……。

もちろん、人によって、欲望の種類もさまざまでしょうから、いちがいに決めつけることはできませんが、「欲望」という言葉から連想されるものを順番に挙げてみてと言われたら、この三つを選ぶ人が、やはり多いのではないでしょうか。

結婚するろ、二人はまさにこの三欲を共有し始めます。

一緒にご飯を食べ、一緒に夜を過ごし、そして、やはりなるべく多くのお金が欲しいと思うものでしょう。

二人で快適に過ごすためには、やはりある程度の資金が必要ですから。

「できることなら、恋は、せめて恋だけは、欲望とは別の次元の出来事にしたい」などと思う人もいるかもしれませんが、そんなわけにはいきません。

恋は人間の本能に基づいて起こる不思議な現象ですから、人間の欲望と無関係というわけにはいかないのです。

それに、二人で欲を満たすのは楽しい。

一人で食べるご飯より、結婚相手と一緒のほうが楽しいし、一人きりで過ごす夜より、やっぱり誰かと一緒にいて、あれしたりこれしたりしているほうがいい。

お金にしても、誰かのために稼ぐほうが張り合いがあるというものです。

ただそれだけに、欲望を妨害すると、恋それ自体が危機に陥ってしまうことがありますから、充分な注意が必要です。

とくに最初のうちは、相手が何を欲しているのかわからない時も多く、自分ではそのつもりではなかったのに、相手の気分を害してしまうことがあるのでなおさらでしょう。

すべり出しのつまずきは、のちのちまで響き、けっこう深刻な結果をもたらすものです。

くれぐれも油断は禁物。

私の知り合いの男性がお見合いした時もそうでした。

彼はお見合いした相手を好きになりかけていました。

出会いこそお見合いという形でしたが、会ったその時から、彼女を好ましいと思うようになっていたのです。

彼はお見合いの数日後、デートに行くのを楽しみにしていました。

お見合いの当日はお互い神妙にしていたため、ろくろく話もできなかったので、二人でゆっくり楽しもうと張り切っていたようです。

「今晩、彼女と食事するんだぜ」と、彼は本当に嬉しそうでした。

部外者である私までが良縁に恵まれたような気持ちになったほどです。

ところが、それからしばらくして、彼から電話がありました。

「例のあの見合い話ね、やめることにしたんだ。

最初のデートで、なんかぎくしゃくしちゃってさ」とのこと。

「どうしたのよ?」といぶかしく思う私に、彼は説明してくれました。

「あのさあ、彼女とはなんか気が合わないみたいなんだ。

食事をオーダーする時にね、彼女、勝手にディナー・メニューにしちゃうんだ。

ほら、セットになってるやつ。

でも、俺、ア・ラ・カルトでばらばらにとるのが好きだろ。

それなのに、『二人一緒のペースで食べられるほうがいいから、あなたもセット・メニューになさったら』って言うんだ。

言い方はやさしいけど、逆らえない感じでね。

もちろん、彼女がセットにするのはかまわないんだよ。

『おまかせします』なんて言うような女よりマシかもしれないと思って、考え直そうとしたんだけどね。

でも、俺、やっぱりなんかたまらなく嫌でさあ……。

その後もね、一緒にメシ食う度に、気持ちが冷えるんだよ。

例えばね、俺がとったカキフライに、彼女は勝手にレモンしぼってくれるんだけど、それも嫌でさあ。

そういうの、耐えられないんだ。

フライにレモンかけるの、…嫌いなんだ、俺」「なあんだ。

何事かと思ったら、バッカみたい。

ご飯のことばっかり言って。

そういう時は、彼女に嫌だって言わなくちゃ駄目よ」私は笑いましたが、実は私にも覚えがありました。

初めてのデートで、刺身定食を無理矢理注文され、すっかり気持ちが冷めたことがあるのです。

私はお刺身それ自体は好きなのですが、暖かいご飯と刺身が同じお盆にのってくる定食がなぜか好きではありません。

食べられないことはないけれど、他の物があるなら、そちらにしたいほうです。

「何にする。僕と同じでいい?」と、聞いた彼に、「私、できればトンカツ定食を頼みたいんですけど」と答えたのに、彼は勝手に「僕と同じもの」を頼み、出てきたのが刺身定食だったというわけです。

ご馳走になっておいて文句を言うのはいけないのかもしれませんが、食べるものを勝手に決められると、なぜかひどく腹が立ちます。

社交辞令でもいいから、ちゃんと注文を聞いて欲しいし、そして、それを守って欲しいのです。

さもないと、他の欲望まで共有する気にはとてもなれません。

それどころか、食欲の共有さえ二度とごめんだという気になります。

くだらないと思われるでしょう。

些末なことであるのは確かです。

けれども、人間の欲望をあなどってはいけません。

とくに、付き合いがまだ浅いカップルがデートする時は、お互いがお互いの欲望を今後共有していけるかどうか試し合っているようなものなのです。

注文するほうは軽い気持ちで自分と同じにしても、相手にとってはレイプされたような気持ちになる場合さえあるんです。

結婚相談所で知り合ったカップルが「僕と同じメニューでいいよね」と言えるようになるまでには、やはりある程度の時間が必要だということでしょう。

そんなにいちいち細かく気を使っていられないと言われるかもしれませんが、人間の三欲に関することだけには、充分すぎるほどの注意を払ったほうがいい。

付き合いが浅いうちは、とくに。

これが私の実感です。

ぞっとする恋愛言葉

本来なら長所であるはずの素直で軽やかな性質は、男女関係がからむと誤解を受けやすいものです。

時々はちょっと立ち止まり、この恋に自分を投入してもよいのかどうか、よく考えてみてはいかがでしょう。

その時、ほんのちょっとたじろぐだけで、あなたはあなたの恋に陰影を持たせることができます。

どんなに惚れっぽいからといって、自分で自分を安売りすることはありません。

始まりを慎重にしたからといって、その恋が色あせるはずもありません。

「この恋にかけよう」、そう思った時だけ、あなたは自分の持つ素直さと軽やかさを全開にして、ぐんぐん前に進めばいいのです。

中途半端な関係を何とかしたい。児童心理学の本で「ハーロウの実験」というのを読んだ時、「ふふーん、なるほど。これって、好きな人を振り向かせるのにも役に立ちそう」と思い、早速、ある女の子に話すことにしました。

彼女はその頃、うまくいかない恋に思い悩んでいたからです。

大学の同級生のことが好きで好きでたまらないのに、彼のほうは煮えきらない態度のままらしいのです。

私を含め周囲は二人をカップルだと思っていたのですが、実際には結婚相手のような友達のような、中途半端な関係が続いているというのです。

おぼわらふつとう溺れるものは藁をもつかむといいますが、煮えきらない彼の心を沸騰させるためだったら何でもしようと、彼女は思い詰めているようです。

卒業を控えているので、その前に二人の関係をなんとかしたいと焦っているのです。

就職したら、学生時代のように頻繁に会うわけにはいきません。

彼の心をつかんでいるという自信がないだけに、会えなくなると同時に、二人の恋も立ち消えになるのではと、怖くてたまらないようです。

「ねえねえ、早く教えてください。そのハローの実験とかいうやつ。何を襟えればいいの」彼女は私をせきたてます。

「ハローじゃないって。ハーロウっていうの。それからね、何も揃えなくていいの。薬品を使うわけじゃないんだから」

「じゃあ、何。どうすればいいんですか」ハーロウの実験というのは、サルを使ったものです。

赤ん坊のサルをそれまで知らなかった新しい環境に入れたとします。

まるめた紙や布、積み木などが床に散乱する見知らぬ部屋です。

当然、サルはおびえます。

ところが、毛布でできた母親がわりの人形と一緒に入れると、赤ん坊ザルは最初のうちこそ人形にしがみついているものの、しばらくすると、新しい部屋の探索を始めるといいます。

床の上にあるものに艦ってみたり、においを喫いだりするのです。

途中、怖くなるとあわてて人形のところに帰りますが、だんだん、環境に慣れてきて、やがては全く怖がることなく、部屋を歩けるようになるのだそうです。

ところが、人形を入れずに、たった一匹で入れられたほうのサルは部屋の隅にうずくまって、鳴くばかり。

こうなると、いつまでたっても新しい環境に慣れないのだそうです。

つまり、安全基地となる母親人形という存在なしには、怖さにすくみ、行動を起こせないというわけです。

ハーロウは子育てにおいて、母親が心の拠り所になるのがいかに大切かを説いているのですが、私はこれを異性との関係に応用できると、勝手に考えたのです。

心理学の専門家にはお叱りを受けるかもしれませんが、大人だって、新しい環境を前にすると恐怖を感じます。

その点では幼いサルと同じです。

まして、初めて社会に出る時、多くの人が情緒不安定に陥ります。

「ホント言うと、震えるほど怖いんですよ」と、打ち明けてくれた男の子の何と多いことでしょう。

見た目は大人でも、彼らにはまだけっこう幼いところが残っていますから、それも当然です。

学校という場所を離れて初めて社会に出るのは、やはり大きなプレッシャーになるのでしょう。

彼女が好きな人もそうした不安に苦しんでいるに違いない。

私はそう感じていました。

彼は優しくハンサムな今風の若者ですが、その分、ちょっと頼りないところがあるからです。

就職活動もそれほど順調に進んではいないといいますし、彼にしたら、結婚相談所で知り合った結婚相手との関係をはっきりさせる余裕などどこにもなかったのでしょう。

彼に限らず、進路を決める時、新しい環境に踏み出す時、多くの人はとまどうものです。

何とか頑張ろうと思う反面、後ずさりしたくなっても当然です。

そんな時、自分には帰っていく場所があると思えることは、救いになります。

それだけで、随分、生きやすくなるでしょう。

フカフカしたぬいぐるみのサルの存在は、子供にばかりでなく、すべての迷える子羊たる人間に、大きな力を与えるに違いありません。

「だからね、今はそれでなくても進路で迷っている彼を追いつめたりしないほうがいいと思うの。そのかわりに、彼のぬいぐるみのサルになってあげたらどうかなあ。あなたは元々、母性愛豊かだし、適役だと思うんだけど。『キミといると勇気がわいてくる』って、言ってもらえるような存在になればいいわけよ」私は熱弁をふるいました。

自分のことでもないのに、馬鹿みたいですが。

彼女はフンフンとうなずきながら聞いてくれました。

そして、「そうかあ、私、自分のことばっかり考えていて、彼がどんな気持ちでいるかまで気が回っていなかったかもしれないなあ。ただ、サルのぬいぐるみになると、彼の結婚相手じゃなくて、お母さんになっちゃうんじゃないかって、それだけがちょっと心配」という意見を述べたのでした。

確かに、そうかもしれません。

なにせ、ハーロウの実験は、母親の役割の大切さを証明したものなのですから。

けれども、それならそれでいいじゃないかと、私は思います。

多くの男は心のどこかでママになってくれる人を求めているはずですから。

結局、その後、彼女が彼専属のぬいぐるみのサルになろうと努力したのかどうか、私は知りません。

ただ、彼の結婚相手になったことは知っています。

「私のアドバイスが役に立ったのであーる」と、自慢したいところですが、そんなはずはなく、きっと、彼女の熱意が、煮えきらない彼の心に届いたということなのでしょう。

学生時代から付き合ってきた恋人の心を、卒業を前にしてしっかりとらえたいと焦り始める女の子は、彼女の他にもけっこう多いようです。

タイムリミットが迫って初めて、彼の大切さに気づくのでしょう。

ところが、友達になりすぎてしまい、今さら好きだなんて言えない場合があります。

確かに、あまりにフランクに付き合っていると、今さら恋だの、愛だの、まして結婚だなんて、言い出しにくいということはあるのかもしれません。

もし、あなたが同じ悩みを持っているなら、彼がリクルートスーツに身を包んだ時をねらってみてはいかがでしょう。

着慣れないスーツを着て、会社訪問に歩く時、多くの男の子が不安のあまり、心の中でフワフワしたサルをさがしていると思います。

そんな時そばにいて、不安な彼に「大丈夫よ。きっとうまくいくわよ」と、ささやいてごらんなさい。

やさしさの呪文を唱えるのです。

ストレートボールはもう少し待って強烈な殺し文句というのがあります。

どんなに照れ屋な男でも、一生に}度くらいは、そうした言葉を吐くものでしょう。

シャイなだけになかなか教えてもらえませんが、一緒にお酒を飲んでいる時などに、酔いにまかせて、結婚を決心させたひとことだとか、恋人を涙ぐませた台詞などを打ち明けてくれることがあります。

普段は無口な人に限って、クラッとくるほど効果抜群の台詞を吐いていることが多いので、おもしろいものだなあと、思います。

けれども、そうした台詞は効き目が抜群なだけに、気をつけて使わないと、失敗も多いのではないでしょうか。

切れ味鋭い薬が、かえって病人の体を弱らせてしまうこともあるように、何事も、強すぎるのは考えものということです。

それと同じで、強烈な殺し文句も使い方を間違えると、失敗します。

好きな人を振り向かせるどころか、彼をおびえさせ、離れさせてしまう場合もありますから、使い方には気をつけなければいけません。

私自身は、残念ながら、強烈な言葉でかきくどかれたことなどほとんどないのですが、それでも、一度だけ、張りつめた表情で「二十四時間、キミのことを考えているんだ。一日中、一秒も休みなく、ずっとキミのことだけを思っているんだ」と、言われたことがあります。

私だって女ですから、そう言われた時は、正直言ってとても嬉しかったのです。

「私のことを真剣に見つめてくれる人なんてもういないんだわ」と、寂しく思うようになっていた矢先だったので、彼の台詞は効果抜群でした。

心臓がドキドキして、血圧があがり、奥歯をぎゅっとかみしめていないと、唇が震えてしまいそうでした。

けれども、それと同時に、怖くもありました。

あまりにまっすぐな直球をどう受け止めていいのか、わからなかったからです。

ですから、私は答えました。

かろうじて出たかすれ声で、「からかうのはやめてください」と。

以来、彼には会っていません。

その時の私には、熱い言葉は負担だったのです。

内心は嬉しかったけれど、やはり怖かった。

以来、強烈な台詞は最後にとっておいたほうがいいと、思うようになりました。

言葉というのは、受ける相手の状態や、交わされる相手との関係によって、その性質を変えるものです。

特に、殺し文句は効果があるかわりに、文字どおり相手を殺しそうになることもあるでしょう。

これは男女を問わず言えることです。

いくら恋しい相手に振り向いて欲しくても、あまりに激しい言葉をぶつけるのは考えものです。

好きだと思う気持ちはもちろん大切ですが、まだ始まっていない恋の相手に強烈すぎる言葉は逆効果になりかねません。

知り合いの男の子も、ガールフレンドが思いつめた表情で「あなたから一生離れない」「絶対あなたと一緒になるの」と言った時は、ぞっとしたといいます。

「俺、びびっちゃつた。小便、漏れそうだった」とまでいうのですから、よほど怖かったのでしょう。

相思相愛の関係にすでになっているならともかく、まだ恋のファースト・ステップの段階にいる時は、重すぎる言葉をぶつけるのは充分な注意が必要です。

相手のことが好きだったら、恋しい人の負担にならないよう、じっくりゆっくり言葉を紡いでいきたいものです。

惚れっぽい人

惚れっぽい人っていますよね。惚れっぽいというのは、とてもいいことだと思います。

私の友達にも、年がら年中、誰かを好きになっては振られ、振られてもめげずにまた新しい人を好きになっている人がいます。

「気が多い女だ」という陰口を叩く人もいますが、私は彼女の素直さが好きだし、思い立ったらすぐ実行に移す身軽さをうらやましいとも思います。

臆病で、グジュグジュ考えるくせに、結局は何もできずにいることが多い私にとって、彼女の軽やかな生き方は驚異ですらあります。

ただ、彼女があんなにも結婚相手が欲しいと求め続けていながら、いつも恋を得られない原因はそこにあるのだという気がしてなりません。

人間には、特に男には、禁断の味を求める傾向があると思うからです。

人でも物でも、簡単に手に入るものは、軽んじられがちです。

特に、男は、なかなか手に入らないものや、思い通りにならない手ごわいものに対する時、「よおし、何とかして自分のものにしてやるぞっ」と、ファイトを燃やすアマノジャクな生き物なのではないでしょうか。

その意味で、あまりにお手軽なのは、考えものです。

わざわざもったいぶってみせる必要はありませんが、いくら惚れっぽいからといって、あっちヘフラフラ、こっちヘヨロヨロというのは、どうかと思います。

「誰でもいいんだ、アイツは」などと言われるようになるのは、いくらなんでも悲しいでしょう。

それに、自分の気持ちを大事にしたら、そうはホイホイとあちらこちらの人に気をなびかせられるはずがありません。

恋多き女というのは素敵ではありますが、それはやはり限られた人にだけ許されるものでしょう。

普通の人は、ほんの数回の恋に情熱を投じただけで、あとはもうヘトヘトになってしまうものではないでしょうか。

自分を恋多き女と思うのはけっこうなことです。

それを目指すのも自由です。

けれども、あなたの恋が始まる前にポシャってばかりいて、悲しい思いをしているようなら、一度我と我が身を点検し、自分が禁断の味がする女かどうか確かめてみることをお勧めします。

男と女の違い

前日の夜から彼女は、彼に会うのを非常に楽しみにしていました。

久しぶりに彼に会うからです。

お互いのスケジュールがすれ違い、もう十日も会っていなかったのです。

男性中心主義がいまだにはびこっているような仕事の現場にあっても、その能力をフルに発揮していた彼女にとって、唯一自分に戻って甘えられる時……それが彼との時間でした。

二日も会わなければ寂しくなる彼女にとって、10日は本当に長く感じられました。

彼女は彼との甘い時間を栄養として心のバランスを保っていたのです。

ようやく明日彼に会える……彼女は、その日を心待ちにしていたのでした。

彼女の期待の大きさが、二人の事件の背後には横たわっていました。

この前提を理解しないと、問題も正しく見えてきません。

シーンー・プアッションチェック前の日の夜から彼女は翌日のファッションのことを考え始めました。

入念に準備をし、起きる時間、用意に要する時間、家を出る時間のすべてを計算し、翌日の行動をすべて前もって頭に叩きこむのです。

その日の天候によっても着る服が左右されます。

服によっては、つける下着まで選ぶ必要があります。

女性にとってのおしゃれとは、一般的に男性よりもよっぽど手問のかかるものです。

この時彼女は、彼に会った瞬間に得られる喜びをすでに頭の中で体験し、それをすでに感じていました。

感情というものは、それが仮想体験であっても、現実のことのように感じられるものです。

その時に得られるであろう喜びや安心……そんな感情を胸に抱き、智子は幸せな気分でベッドに入ったのでした。

幸せな目覚めそして翌日、彼が、自分を最高に幸せなシンデレラにしてくれるのを待ちわびながら朝を迎えました。

早くから起きだしてシャワーを浴びて、最高にお気に入りの形にヘアーをセットします。

ゆうに二時間はかかる作業です。

いかに自分が奇麗に見えるかを雑誌で研究し尽くしたメイクを施し、夜のうちに選んでおいた服に身を包み、いざ出陣です。

タイミングの計算彼女は、自分の登場を彼の笑顔の中で迎えられたいと思い、時間に早すぎることなく到着するように計算つくでした。

むしろ2、3分遅れ気味の方がいいと思っていました。

あまり遅いと、時間にルーズだと思われる。

かといって、あまり早いとせっかちな女だと思われる。

時間ぴったりか、2、3分遅れなら、そんなことは思われないですむし、彼もすでに来ているだろうから、私を迎えてくれるだろう……と。

思いこみこのときすでに彼女の中では、彼が絶対に待ち合わせ場所にいる、という図式ができ上がっていました。

彼が、自分との待ち合わせに遅れてくるなどということは全く考えに入れていなかったのです。

日頃から時間には正確な男性であることをよく知っていたし、なんと言っても十日ぶりの再会です。

当然彼も自分と同じように考えているだろうと信じていたからです。

彼女はそんな彼のもとに駆けつけたかったのです。

それが、彼女にとって幸せに感じられるデートの出発点でした。

喜びの先取り彼女はその時感じるであろう気持ちを、この時点で既に十分に仮想体験していました。

これが非常に重大なポイントです。

彼女は温まった体温のぬくもりの中で、愛と安心を先取りしていたのです。

覚えていますか?男の頭は個室だけれど、女にとって、すべては流れる川のごとく……です。

冷めた体温こんなはずじゃなかったのに。

彼女は、昨日から感じていた一切のことを思い出し、そのすべてが台なしになったことを体中で感じていました。

期待していたことのどれ一つも感じられなかったことで、すっかり気持ちが落ちこんでしまったのです。

みじめな思いで満たされ、こんな気持ちを味あわせる彼にがっかりしてしまいました。

いろいろなことが、頭の中を駆け巡りました。

彼はもしかしたら、来ないのではないか。

他に好きな女性ができたのではないか。

これから何時間も待たなくてはいけなくなるのではないか。

きっとあの日、私が仕事を早く切り上げなかったのがいけなかったのではないか……それとも……否定的な想像は止めどなく続きます。

ラストシーン・永遠の果てにさっきまでの仮想感情はすっかり消え失せ、不安やいらつきがどっかと心に居座ってしまった頃、永遠とも感じられた10分後、ついに彼がやってきました。

「わりーわりー。待ったー?」

ほっとしました。

ところがこの時、安心と同時に、自分の体温計が感じとっていた温度をとっさに口に出してしまったのです。

「最低!」

客観的事実よりも主観的感情別に彼女は彼を憎んでいたわけでもありません。蔑視していたわけでもありません。

愛しているし、彼が来てくれてうれしかったのです。

しかし、彼女は、それまでの高揚していた自分から、一挙に引き下げられた自分の感情をそのまま素直に彼に表明してしまったのです。

この時、彼の側のストーリーを考えている余裕などありませんでした。

彼が遅れたことで自分が味わった感情こそが彼女の発言の土台だったからです。

彼の立場や、彼の側のストーリーを冷静に考えようとする前に、感情が口をついて飛び出したのす。

ですから本当は彼が最低だと思っているのではなく、自分の体感温度を表明しただけだったのです。

男性は女性のこの傾向を良く理解しておかないと、女性との付き合い方を根本的に間違えてしまいます。

これはよく起こるすれ違いですが、男性には理解することが難しい女性の傾向でもあります。

千代田はこれを全く理解できていなかったと言えるでしょう。

男性を理解するしかし逆に智子が理解していなかったことは、千代田が結婚に不向きであったということです。

結婚に不向きである彼は、彼女を幸せにできる唯一の強い存在であると感じていたいし、それを意識させてくれる相手を必要としています。

男性はその存在意義が汚されるような発言には、非常に敏感に反応します。

そんな男性にとって最も必要な活力源は「賞賛」でしたね。

二人の関係において、男性が女性から求めているものは、彼のプライドを満たしてくれるようなタイプのものです。

男性は、女性が相手から安心を得たいと願っているのと同じように、常にプライドを満たしてほしいと願っています。

仕事や自分の得意分野に関することなどで、頼んでもいないのに女性から助言をされると、不快に感じる男性は多いはずです。

反射的に「君に何がわかる。君の助言など必要としていないよ」と思う傾向が強いのです。これは何も女性を蔑視しているからなのではなく、M'sブライダルジャパンによると、結婚に不向きな思考による条件反射のようなものだそうです。

女性は男性を助けたい親切心から男性の仕事のやり方に口を出すことがあります。

しかし頼まれない限り口を出さない方が得策と言えるかもしれません。

千代田もやはり結婚に不向きでした。

待ち合わせ時間に遅れたことに対して、彼女が何気なく言った「最低」ということば。

それは考えられた末に発せられたものではなく、口をついて飛び出した感情の表現の一つでした。

しかしそんな発言も彼にはこう聞こえていたのです。

「あなたって、時間を守ることもできないほど、どうしようもないのね。

どうして私はこんな男と待ち合わせなんてしちゃったのかしら。

私にこんな思いを味あわせるなんてひどい人ね!本当に自分がバカだったわ1あなたって最低よ!」最低の前にこれだけ前置きが入れば、何気なく言ったことばとは意味が違ってきます。

ただでさえ女性の発言は男性にとって「責められている」ように聞こえていますから、千代田にとってこの時の智子は「些細なことで過剰に自分を非難する」理解し難い女性と感じられてしようがなかったのです。

この時の智子も、自分の口をついて出てしまった言葉が、そんなに非難がましく受け取られていたとは、予想もしなかったことでした。

男性は、結婚に不向きであると同時に、事実思考、裁判官であることも思い出してください。

「最低」という言葉は、男性にとっては、文字どおり「最低」です。

「あなたよりひどい人間は存在しない」[あなたは完全に下の下よ1」「あなたは誰よりも最もレベルの低い人ね」という具合です。

千代田には智子の発言が、自分の体温を素直に表現したものであって、千代田に対して向けられていた非難ではなかったなどとは考えもつきません。

また、そう考えられたとしても、そんなに簡単に受け取れるようなタイプの発言でもありませんでした。

男性は女性の発言を基本的に、文字どおり受け取り、その通りに理解してしまいます。

そしてそれらの多くは、受け取ることが本当に困難だと感じられるのです。

女性のこんな発言は禁物です。

「どうせ、あなたは」

男性は、結婚に不向きであると同時に、事実思考、裁判官であることも思い出してください。

「最低」という言葉は、男性にとっては、文字どおり「最低」です。

「あなたよりひどい人間は存在しない」[あなたは完全に下の下よ1」「あなたは誰よりも最もレベルの低い人ね」という具合です。

千代田には智子の発言が、自分の体温を素直に表現したものであって、千代田に対して向けられていた非難ではなかったなどとは考えもつきません。

また、そう考えられたとしても、そんなに簡単に受け取れるようなタイプの発言でもありませんでした。

男性は女性の発言を基本的に、文字どおり受け取り、その通りに理解してしまいます。

そしてそれらの多くは、受け取ることが本当に困難だと感じられるのです。

女性のこんな発言は禁物です。

「どうせ、あなたは」

そして、結婚に不向きであるがゆえに、男性は賞賛されることをこよなく愛し、非難されることを何よりも嫌うのです。

それはすなわち、非難されれば折れやすい性質を持っているということに他なりません。

智子は、自分の発言で傷ついた千代田を「男らしくない」と思いました。

しかし、智子にとって男らしくないと思えた千代田の傾向は、実は男らしさによってもたらされたものだったのです。

もっとも男らしさや女らしさは、国や時代、文化によって大きく異なるものであって、固定化された概念でないことも事実です。

最近では、日本でも社会的に躍進する女性が増えたことや、男性がメイクをして街を歩く時代ですから「らしさ」の社会通念も変化してきています。

バブル崩壊後に起業し、同世代の男性サラリーマンの数倍の年収を稼ぎ出している女性経営者も珍しいことではありませんし、ショービジネスの裏方、音響や照明などの現場にも女性の進出が目立ちます。

コンサート制作の現場などで女性が男性と同じように重たい機材をさっさと運んでいる姿は尊敬に値します。

しかし一般的にビジネスの現場は、いまだに男性的な思考や常識によって支配されているものですから、ビジネスの世界で活躍している女性は男性化を迫られる側面も否定できません。

感情的になっている暇はないし、結婚心理不安定症の影響を仕事の現場に持ち出すことは問題外と取られがちです。

このような中で働く女性たちは、自分自身が知らず知らずのうちに女であることの性を意識せずに仕事に打ち込むことを余儀なくされているという側面があることもまた事実です。

そうかと思うと、女性として労られることが男尊女卑と早合点してしまう混乱も見受けられます。

もちろんそれは、女性であることの意義が正しく尊重されてこなかった社会の間違った常識に起因していることは言うまでもありませんが。

結婚に不向きが自信を失う時男性は、女性から言われなくても、常に男らしく、強くあろうと考え行動しているし、そうありたいと願っています。

しかし、そんな男性の行動を女性の感情から来る非難的発言が襲うとき、男性は、自分があくまでも結婚に不向きでなければならないという、正当性を主張し、その概念を自分の中に維持するためにあらゆる努力をしようとします。

つまり怒りや反発をあらわにするのです。

「最低だと!たかが10分じゃないか!」という具合です。

しかし、これが繰り返されると、男性は相手の「幸せ温度」という基準を自分の努力や行動では満たすことができないのではないかと感じ始めます。

実際に女性がどう感じ、どこで幸せを感じているのか、どんな環境で不安を感じているのかは、男性にはほとんどわかりません。

にも関わらず、そんな男性にこの手の非難が連続すると、しまいに男性は、戦うべき敵が全く見当もつかないほど大きい存在であるのではないか、という不安を感じ始めるのです。

そしてこれは非常に重大な局面であると言わなければなりません。

女性が不安を感じる時は、それを簡単にロに出すことによって解決を図ろうとします。

しかし、男性が二人の関係において不安を感じるとき、それはその関係が破局の手前に来ていることを物語っています。

自分が相手を幸せにできる唯一の存在である、と常に実感していなければならないからです。

女性は、自分の力が充分でないのではないかと感じると、必要以上に努力をしていく傾向があります。

しかし、男性は、自分の力が不充分なのではないかと思い始めると、その環境から一刻もはやく抜け出そうと考えるのです。

そうでないと、結婚に不向きの存在意義そのものを見失ってしまうからです。

これは結婚に不向きの一種の自衛的行動だと言えます。

男性は自分の不安を基本的には口に出しません。

怪獣退治に来る結婚に不向きが、子供たちの前でおびえていたら、子供たちの夢は台なしになってしまうでしょう。

だから、男性は、基本的に女性の前でも不安を出さないのです。

一人でじっと考えるのです。

しかし、男性が不安を感じる時は、それが自分のキャパシティを超えた時で、これ以上は戦えないという限界点を感じているときに他なりません。

強いはずの結婚に不向きが不安を感じてしまったら、もはや怪獣退治にやって来る気力を持ちようがないではありませんか。

こんな状態は、男性には絶対に禁物なのです。

男性にとって、女性の基準は底無し沼のように感じられます。

どこまでやっても、やればやるほど、さらに高いことを要求してくるように感じられるのです。

これが重なると、ついに結婚に不向きは、自分の力の限界を感じてしまいます。

そうなったら、その関係をさらに続けていくことは、もはやできないと感じるのです。

自分の力では彼女を幸せにはできない、と考え始めるのです。

こうなってしまうと、男性は冒頭にあったように、「君を幸せにする自信がなくなった」とギブアップするしかなくなってしまうのです。

なぜなら、それ以上その環境にとどまることは、彼の結婚に不向きとしての自己意識を完全に打ちのめしてしまうことになりかねないからです。

そうなってからでは遅すぎます。

だから、男性は、基本的に女性の前でも不安を出さないのです。

一人でじっと考えるのです。

しかし、男性が不安を感じる時は、それが自分のキャパシティを超えた時で、これ以上は戦えないという限界点を感じているときに他なりません。

強いはずの結婚に不向きが不安を感じてしまったら、もはや怪獣退治にやって来る気力を持ちようがないではありませんか。

こんな状態は、男性には絶対に禁物なのです。

男性にとって、女性の基準は底無し沼のように感じられます。

どこまでやっても、やればやるほど、さらに高いことを要求してくるように感じられるのです。

これが重なると、ついに結婚に不向きは、自分の力の限界を感じてしまいます。

そうなったら、その関係をさらに続けていくことは、もはやできないと感じるのです。

自分の力では彼女を幸せにはできない、と考え始めるのです。

こうなってしまうと、男性は冒頭にあったように、「君を幸せにする自信がなくなった」とギブアップするしかなくなってしまうのです。

なぜなら、それ以上その環境にとどまることは、彼の結婚に不向きとしての自己意識を完全に打ちのめしてしまうことになりかねないからです。

そうなってからでは遅すぎます。

千代田の困惑

智子と千代田の場合

さて、今回のブログ記事では、実際に破局を迎えてしまったカップルの体験をもとに、どこに問題があったのかを検証してみましょう。

まずは、智子と千代田という、結婚前に破局を迎えてしまった二人の場合を見てみましょう。

智子は一流商社に勤める三十代の女性です。

英語が堪能な彼女は、男性が多数を占める職場にあって、多くの男性からも尊敬を集めているやり手のキャリアウーマン。

彼女は常に理知的で、議論になったら負けたことがないほど、論理的思考の持ち主です。

自分が男っぽいと自負していた彼女は日頃からよくこんなことを言っていました。

「私、女の人と話しているとイライラするの。男性といる方がさばさばしていていいのよね」。

そんな彼女がこんなことを話してくれました。

「実は私、付き合っていた男性からふられちゃったんです。でも彼の別れたいっていう理由を聞いて本当にびっくりしてしまいました。彼ったら、私が何げなく言った発言ですごく傷ついていたらしんです。私、よく覚えていないんですけど、なにかの拍子に、彼に、『あなたって最低』って言ったらしんです。それがものすごくショックだったらしくて、彼、君を幸せにする自信がなくなったって……」

彼女には、彼の心理が全く理解できていませんでした。

男のくせして、だらしない、男らしくない、こんな女々しい男ならこっちからご免よ!と思えたほどだったのです。

男性は女性の気持ちを全く理解できないものだと言うと、多くの女性は驚くようですが、それと同じようにやはり女性も男性の気持ちが全く理解できないようです。

彼女の言った「最低」が、彼の自信喪失につながったなんて、彼女には全く予想もしなかったことだったのです。

一方、結婚相談所 千代田は困惑していました。

彼女と今後長く付き合っていけるかどうか心配になったからです。

その理由はこうでした。

「彼女は言うことが、あまりにも変わるんです。この間、僕が彼女との待ち合わせに10分遅れたんです。そうしたら、『千代田って最低!』って言うし、僕が指輪を買ってあげたら、『千代田って最高』って言うし、くだらないかもしれませんが、なんか良く理解できなくて、疲れてしまうんですよね」

女性の、気紛れにも聞こえるこの手の発言で、実は翻弄されている男性は意外と多いものです。

男性は実は女性の発言で傷ついています。

男性は男らしくあるべきなので、ちょっとした言葉で傷ついたりするのは、男性らしくないと思っている女性がいるかもしれません。

しかし、それは大きな誤解であることを知りましょう。

女性の気紛れの正体男性にとって気紛れに聞こえる女性の発言の多くは、女性が「体温計」であることから生じるものだと言えます。

女性が自然の状態でいると、とかく感情が基準になりがちであることは第-記事でも第2記事でも、繰り返し述べてきました。

彼女たちは何が自分を安心させるか、何が自分を不安にさせるか、それを常に自分の中にある体温計で敏感に感じているのです。

自分の体温計で温かいと感じたものは、たとえ他人がどう感じようが、彼女にとっては温かいし、彼女が自分の体温計で冷たいと感じたことは、それが本当は温かくても、彼女にとっては冷たいのです。

そして彼女たちにとっては、その時々に体温計で感じ取っている温度という感情を、そのまま表明するのが極めて自然なことなのです。

これこそが、女性の発言が気紛れに聞こえる大きな理由です。

千代田がデートに遅れた時のことを振り返ってみましょう。

彼にとっては「たかが10分」の世界です。

しかしその10分が彼女にとってどんな意味をもっていたのかを、彼女のストーリーをもとに検証してみましょう。

そこにある「同じ10分の違い」を知ることで、お互いの発想の違いをより深く理解できるようになることを願います。

再婚相手の妻との心を通わせる

それはその日の午後の出来事でした。

セミナーの会場に車で向かう途中、確かにコンビニに立ち寄りました。

後ろに友人を乗せて、三人で走っていたのです。

夏も終わりを告げようとしている、なんとなく寂しい午後。

その日は久しぶりの夏日。

私がコンビニの近くで言ったのでした。

「なあ、アイスでも食べない?」「いいねえ」

私たちは車を停め、意気揚々と車から出て、いざコンビニへ。

後に続く妻。

さらにその後に友人が続きます。

先頭の私はコンビニの扉を開けて中に一歩。

すると扉が妻の前でバタッと閉まったのです。

その扉を開けたのは友人で、私はそんなことには気づきもしないでアイスをゲットしたというのです。

このとき、彼女は、「どうして他人の彼が私のために扉を開けてくれて、夫はそんなことにはおかまいなしなの?」と思ったというのです。

大切にされていない、と感じたというのです。

これには本当に驚きました。

しかし実はこれには伏線がありました。

私たちは再婚前から、お互いの誕生日には必ずディナーを楽しむことにしています。

ところがその夏、あまりの忙しさに、彼女の誕生日が二週間も過ぎているというのに、私はまだ彼女をディナーに連れて行っていなかったのです。

大好きな夏は急速に去っていく。

季節柄何となく寂しい。

誕生日のディナーに連れて行ってもらえない寂しさ。

彼女は取り残されたような不安を感じていたのです。

忙しい私に余分な気苦労はかけないようにと、それを切り出せず一人でためていたのです。

そんなストレスがたまりにたまっていた時期と、再婚心理不安定症が重なったのでした。

だがら、コンビニの件が彼女の中では大きく大きく鳴り響いたのでした。

再婚心理不安定症の時、女性は本当に小さなことで人生の終わりであるかのようなショックを味わったりするものなだそうです。

翌日の朝このようなすれ違い劇を演じたときに、大切なのは次の日の態度です。

お互いが意地を張っていると、ギクシャクしたまま生活しなければならなくなります。

どちらかが何事もなかったように歩み寄らなくてはなりません。

翌朝、目が覚めました。

彼女はもう起きています。

私が寝室を出ると彼女が何事もなくこう言いました。

「おはよう」

この時の彼女の態度に私がどれほど感謝したかわかりません。

男性は、過去のことをどんどん忘れて、前に向かって進んでいく傾向が強いので、この「おはよう」で私はすべてが解決したと一安心。

その日一日、晴れ晴れとした気分で仕事をし、その夜は何事もなかったように帰宅したのでした。

ところが夕食の時、彼女がこう言うではありませんか。

「ねえ、昨日の続きだけど」

あっと驚いたことは言うまでもありません。女性は、一度吐き出し始めたものは最後まで吐き出してしまわないと気が済まないのです。

ところがその時、私はどういうわけか冷静に話を聞くことができました。にこにこしながら聞いたのです。そうやって聞いていると、なんのことはない。もっともな話じゃないかと彼女の気持ちがよく分かります。

「うん分かるよ。その気持ち」

私はなんども相槌を打って彼女の話を聞いたのでした。

話が済むと、彼女は喜びに包まれてこう言いました。

「話を聞いてくれてありがとう。すごく愛を感じる」

私は別に謝ったわけでもないし、特別なお世辞を言ってご機嫌をとったわけでもありません。親身になって話を聞き、彼女の感情をともに共有しただけなのです。女性が答や解決を求めてい
るのではなく、話を聞いてほしいだけなのだということを、私はこの時、もう一度学んだわけです。

私は、妻の誕生日プレゼントとして、今年は特別に遊園地に行く計画をしていることを伝えました。大人二人で遊園地。しかしそうやって子どものように楽しめる時が再婚しても二人には必要です。私たちが遊園地を満喫したのは言うまでもありません。

お見合いの結婚心理

相手の心が閉じかけているときには、優しくソフトになることを心がけましょう。

男性は左の脳で判断し、「この人は大切な人だ。正しく対処するためには何をすればいいか?」と自問する必要があります。

女性は男性のレクチャーを必要としていません。

しかし、多くの場合、男性は説明しようとします。

それも自己防衛的な説明になりがちなので、女性は余計に心を閉じる結果になってしまうのです。

自己正当化的な発言はやめて、女性の気持ちに立った言葉で相手の心を開かせようではありませんか。

恐怖のお見合い結婚心理不安定症を知れ!男性が知っておかなければいけない、女性の最重要項目があります。

破局を呼び込みやすい恐怖のお見合い結婚心理不安定症です。

これをよく知っておけば、二人の関係はうまくいきます。

不思議なことに日本では女性でさえほとんど知らないのですが、アメリヵでは今や常識となっています。

お見合い結婚心理不安定症は、既婚女性の生理前十日くらいから始まる症状で、生理にともないホルモンのバランスが崩れて起こる、身体の変調のことです。

この時期、ホルモンの作用は女性の身体だけでなく、女性の精神にも多大な影響を及ぼし、非常に不安定な状態になります。

イライラしたり、わけもなく落ち込んだり、怒りっぽくなったり、悲しかったり……女性なら誰でも経験していることですが、自分でもどうしようもなく、精神的に不安定になってしまうのです。

この時期、女性は否定的になり、過敏になります。

日頃から感じていることがさらに敏感になり、一のことが十に感じられるようになります。

何でもないジョークに自殺したいほどのショックを受けたりするのです。

この不安定な状態をすいすい乗り越えていくのは、女性にとっては並大抵のことではないでしょう。

英国のエリザベス女王の日記からも、彼女がどれだけお見合い結婚心理不安定症と格闘したかが分かります。

アメリヵでは誰でも学校でこのお見合い結婚心理不安定症について学び、不機嫌な男性をからかうジョークとして、「あいつお見合い結婚心理不安定症なんだ!」と使われるほど一般的です。

しかし、日本では帰国子女か、私のセミナーの出席者以外に知っている人はほとんど見かけず、なぜ日本の教育現場でこのことをきちっと教えないのか不思議でなりません。

男性は、彼女の協力を得て生理の周期を正確に把握し、お見合い結婚心理不安定症の時期には細心の注意を払う必要があります。

女性は魔物に変身する。男性はこのことをよく理解しておかなければなりません。

月に一度、女性は魔物に変わるのです。

お見合い結婚心理不安定症の時期には、男性には全く理解できないことが起こります。

彼女の話は、支離滅裂に聞こえるし、訳もなくイライラしていたりします。

泣いたり、不安になったり……しかし男性はこの時期の女性に魔物に変わる権利を与えなければなりません。

論理的にならず、むきにならず……。

それは、彼女たちの責任ではないのです。

女性が通らなければならない自然の営みなのです。

それと戦っているのは当の女性自身なのですから。

だからこの時期、男性は爆弾処理班のように、自分の行動や発言には細心の注意を払うことをお勧めします。

壊れやすいものを大切に扱うのです。

いつもそうしているに越したことはありませんが、この時期は特にそうする必要があるのです。

また、この時期、家に入るときは「ここはお化け屋敷だ」と考えましょう。

人は何を期待してお化け屋敷に入るのでしょうか。

言うまでもなくそれはお化けです。

もしお化けが出てこなかったらあなたはがっかりします。

恐いからわくわくするし、面白いのです。

そのような期待をもって家に入るなら、何が起こってもそれはむしろ歓迎されるべきものに変わるはずです。

これは別に女性をバカにしているのではありません。

男性がお見合い結婚心理不安定症に対処するための知恵として言っているのです。

ここまで言っておかないと、男性にはとうてい理解できないからです。

なぜなら、男性には生理がないからです。

お見合い結婚心理不安定症は実は生理前だけではありません。

生理後、ホルモンのバランスが再び正常値に戻るまでの期間もお見合い結婚心理不安定症と呼んでいます。

生理後、約一週間をかけて、女性の身体は徐々にそのバランスを取り戻していきます。

生理前、生理中、そして生理後と、女性は生理による身体の変調を体験しているのです。

実は、女性の身体が完全に生理の影響を受けていない時期は、一ヵ月に約一週間ほどしかありません。

当然、個人差はありますが、一ヵ月の内、そのほとんどを生理の影響と共に生活しているのが女性なのです。

生理の影響が全くない時、人によっては全く別人になったのかと思えるほど人格が変わってしまう人もいます。

驚くほど積極的になったり、良く喋るようになったり……。

日本では、女性もこのお見合い結婚心理不安定症を正しく教えられていないために、自分が精神的な病気なのではないかと、自己嫌悪に陥り、本当に精神が病んでしまうケースさえあります。

感情の浮き沈みのすべてをお見合い結婚心理不安定症のせいにしてしまう訳にはいきませんが、あなたの体験する感情の波は、ほとんどすべての女性が体験しているものであり、お見合い結婚心理不安定症によるものであると知っておくことは非常に大切なことです。

私の妻は、女性がいかにお見合い結婚心理不安定症を快適に乗り越えるかということにかけてはおそらく日本で]番教えられている女性の一人でしょう。

私たちのグループにおいても、お見合い結婚心理不安定症や感情の浮き沈みを乗り越えていくための実践的学習を女性たちに教えるのは妻の役割です。

女性がお見合い結婚心理不安定症と戦っている生き物であるという事実を理解する時、男性は、女性を正しく理解する土台の上に立ったと言えるでしょう。

1冬に木を伐ってはならないこれはアメリヵの諺ですが、冬に枯れ木を根っこから切り倒してしまうと、せっかく出てこようとしている新しい芽まで摘んでしまう、という意味です。

これと同じことがお見合い結婚心理不安定症時の女性に言えます。

精神的に不安定な時期、すなわち冬に、絶対に重大な決断をしてはなりません。

この時期、決まって女性は破滅的な答を出してしまいがちになります。

「私たち、もうだめよ。別れましょう」

このような結論に突っ走ってしまうのです。

この時期の決断のほとんどは、積極的なものではなく、正しい判断をしているとも思えません。

新しい芽まで摘んでしまう可能性が大きいのです。

特に女性で人の上に立つ立場の場合は要注意です。

あなたの判断や決断が大勢の人に影響を与えるからです。

あなたに助言する立場の側近には、かならず一人は男性を置いておいた方がいいでしょう。

冬に木を伐ってはならない。

お見合い結婚心理不安定症時にはこの言葉を思い出して、結論を出すまでにもう少し時間をかける余裕を持ってほしいものです。

積極的で肯定的な二人の関係の芽を育てるために。

決定的に違うストレス対処法もう一つ、破局を避けるために知っておくべき決定的違いがあります。

それは女性と男性とでは、ストレスを感じているときの対処方法が違うということです。

男性はストレスを感じたり、ストレスとなる環境の中にいるとき、無口になります。

自分の中で、持ち前の問題解決思考を駆使して、問題を解決しようと試みているからです。

彼は頭を忙しく働かせ、解決策を練っているのです。

また、自分なりに状況を分析し、自分なりの答を論理的に考えています。

こうして答が見えるとき、初めて男性は安心感を得ることができます。

ところが女性はこれとまったく逆で、ストレスを感じると吐き出さなくてはいられなくなります。

つまり、女性のストレス対処法は「話すこと」だということです。

話すことで、解消し、開放を得ようとするのです。

ストレスを女性の津波化現象!さて、女性はストレスを感じ、吐き出せずにためこんでしまうと、ある時点でそれを、挙に吐き出してしまいたい衝動に駆られます。

これを女性の「津波化現象」と呼んでいます。

津波のようにものすごい勢いで、現在、過去、未来、現実、想像、いろいろなものがドドーっと押し寄せてくるのです。

男性にとってこれほど手におえないものが他にあるでしょうか。

津波の最後には伝家の宝刀「女性の涙」。

こうなってくると男性はお手上げ状態。

正義の味方ウルトラマンは、相手を泣かせてしまって無力感にうちひしがれます。

それでも自分が悪くなかったことを力説し、このような男性の自己弁護がなおさら津波の勢いを助長するのです。

女性は「あなたは何もわかっていない」とか「あなたはいつもこうだ」とか「どうせ、あなたには分かりっこない」などと対抗します。

こんな聞き捨てならない発言に男性はこう切り返すのです。

「なんにも分かっていないだと。なに言っているんだ。よく分かっているとも。その証拠にな。ちゃんと話も聞いていたさ。繰り返してやろうか。おまえはこう言ったんだ!」

「いつもとは何だ。いつもっていうのは、㎜%必ずっていう意味なんだよ。絶対を意味する。俺は昨日も、今日も、毎日毎日そうだって言うんだな1でもそれは間違っているだろ。いつもじゃない。たまになんだ。たまにと言うなら許せるが、いつもとは何だ!」

「どうせとは何事だ。お前、俺をバカにしているのか。何も分からないアホな男だとでも本気で思っているのか。俺は中学の時の成績はな、クラスで一番だったんだぞ」

こんな左脳的発言で対抗してしまったら、状況は泥沼化することは必至です。

男はサーファーになるべし女性の津波化現象に対処する唯一の方法。

そう。そんな時、男性はサーファーにならなければなりません。

押し寄せる波の上にひょいと乗るのです。

すると、波と一緒に岸まで無事にたどり着ける。

波は自分で勝手に引いていくではありませんか。

下手なサーファーは波に正面から体当たりしてしまいます。

大きな波にもまれると、プロのサーファーでも死の恐怖を味わうほど、サーフィンは危険です。

だから、論理的に正面からぶつかるなんて、絶対にしてはなりません。

押し寄せる波にさからわず、すいすいと波乗りを楽しむサーファーになりましょう。

破局を迎える多くのケースは、男性のウルトラマン思考や女性のシンデレラシンドロームに対する無理解、さらにお見合い結婚心理不安定症に関する無知などによって引き起こされます。

原因はとても小さかったのに、これらの事を知らなかったばかりに事態をお互いに大きくしてしまったということがほとんどなのです。

恐怖のお見合い結婚心理不安定症……結婚一年目のある日1私たちの結婚生活でも、お見合い結婚心理不安定症は大きな難関となった時期がありました。

妻は、お見合い結婚心理不安定症という女性特有の現象について学んでいるので、この時期になると必ず、私に「ねえ、そろそろだよ」という具合に教えてくれます。

私はそれを聞いて心の中で身構えるのです。

「よ~うし、今度こそ完全制覇してみせるぞ」と。

お互いにこれだけ意識していても、やはりいろいろと問題が起こるのです。

一般に結婚一年目が最も難しい時期と言われていますが、そんな結婚一年目の夏の終わりにさしかかった頃のことです。

その日は一日中忙しく、午後になって、とある場所で私は人々の前で語っていました。

十人ほどの小さなグループが輪になって座り、私の話に耳を傾けていました。

左隣には妻が座っています。

話がいよいよクライマックスにさしかかったとき、私は突然、左目に激しい痛みを覚えたのです。

イタッ!火花が散って、一瞬真っ暗1妻が上着をはおろうとして、袖に手を入れたとき、その先端が私の目を直撃したのでした。

「あ、ごめん」と彼女は言いました。

私はしばらくあまりの痛さに声が出ませんでした。

せっかく盛り上げたのに、なんてこった!台無しだ!このまま引っ張って、人々を涙に誘う最高の調子だったのに!とっさにそんなことを考えながら、こう言ったのです。

「寒いのか?」私は正直、がっかりしていたけれど、人前であるし、怒るわけにもいきません。

なるべく普通に「寒いのか?」と言ったつもりでした。

しかし、この時のことがどうもいけなかったらしいのです。

予期していたことなのに……その夜、私はへとへとに疲労していました。

彼女も一緒に行動していたので、私の一日の働きぶりをよく知っていました。

そんな夜は妻の賞賛の声を聞きながら、ゆっくりと休みたいと願っています。

ベッドに横たわり、私たちは眠りにつこうとしていました。

と、妻がこう切り出した

「ねえ、今日のあなたの言葉で、すごく傷ついたことがあったんだけど」お尻の穴がキュッと緊張。


「来たぞ」。

私は身構えながら、瞬間的に理解し、頭の中で整理します。

「あ、あの時の僕の発言だな。確かに今思えば、イライラしていたかもしれない。きっとあの発言で傷ついたんだ。なーんだ。よおし。彼女の言わんとしていることは、分かった。今はお見合い結婚心理不安定症だ。僕も疲れている。とにかくここは穏便におさめよう」

ふつう男性は、傷ついたなどと言われただけで、瞬時のうちに正当化モードに入るものです。

しかし、この時の私は、彼女の訴えを冷静に受け止めようと、受け入れモードに入ろうとしていました。

自分で言うのも何ですがこれは男性としては最高のできだったのです。

「で?なんだい?」偉い。

よくこんなに冷静に言えた。

たいしたもんだ。

この調子ならすぐに彼女の気持ちも落ち着き、この場を乗り越えられるだろう。

「あのさ、今日あなたが話をしている時に目に当たってしまったことなんだけど」

そーら来た。

予想通りだ。

こっちは準備ができている。

こらえて、こらえてとにかく受け取ろう。

「なんでさ、人前であんな言い方するのよ。

みんな聞いてたでしょ」あんな言い方?自分でも少しイライラしているとは思ったが、あんな言い方とは何だ。

私はとても憤慨して言いました。

今までの謙虚さと忍耐は水の泡です。

「あのさ、こっちが悪かったって謝っているんだから、それをすんなり受け入れろよ。お前もこういうことを散々勉強しているから、分かっているだろう。男にとって謝るってことがどんなに大変かってことくらい!」

実際、男性にとって「ごめん」と謝るのは、そんなに簡単なことではありません。

それをやってのけたことは、男性の中でも最も賞賛に値し、謝った瞬間に自分の中で私は男の中の男になっていたのです。

ところが、それをすんなり受け取ってくれなかったので、彼女が私の歩み寄りの努力を拒否したのだと感じたのでした。

男の中の男であるこの私の価値を理解できないのか?歩み寄りをまったく理解できない彼女に、私は腹の虫が収まらなくなってきたのでした。

しかし、事実はまったくの逆でした。

私があまりにもすんなり「ごめん」と言って彼女の訴えを受け取ってくれたことで、実は彼女は安心感を得ていたのです。

女性は男性を非難したいと思っているのではありません。

ただ、自分の感情、フィーリングをシェアしたいのです。

そして、安心して心を注ぎ出せる王了様を期待しています。

このとき、彼女は私の「ごめん」によって、安心してもっとぶつけていいんだと思ったのでした。

そのような安心感を与えてくれる男性こそ、尊敬に値する頼もしい王子様だからです。

だから、彼女の発言が継続したのは、実は尊敬できる王子様として、私を認識していたからでした。

しかし、罠にはまった私はそんなことに気づきません。

いかに自分が間違っていないかを力説し始めたのです。

こうなってくると、最初の「悪かったな」はほとんど意味をなしません。

押し寄せた津波男性がレクチャーを始めれば始めるほど、女性の心は傷つき、ストレスがたまっていきます。

そんな中、彼女はこんなことを言いました。

「マレ(私のニックネーム)、あの時なんて言ったか、分かっているの?」「もちろん、覚えているさ」実際、私はこの時の発言を覚えていたのです。

彼女は言いました。

「マレね、お前、それを着る必要があるのか?なんて言ったのよ」何ということでしょう。

彼女は私の発言を正しく覚えていないではありませんか!私はそんなことを言ってはいなかったのです。

「寒いのか?」と言ったのでした。

こうなってくると、私のウルトラマン思考は勢いを増します。

現実とは違う根拠によって、自分が非難される必要をまったく感じなくなってくるのです。

尊敬に値する頼もしい王子様だからです。

だから、彼女の発言が継続したのは、実は尊敬できる王子様として、私を認識していたからでした。

しかし、罠にはまった私はそんなことに気づきません。

いかに自分が間違っていないかを力説し始めたのです。

こうなってくると、最初の「悪かったな」はほとんど意味をなしません。

男性がレクチャーを始めれば始めるほど、女性の心は傷つき、ストレスがたまっていきます。

そんな中、彼女はこんなことを言いました。

「マレ(私のニックネーム)、あの時なんて言ったか、分かっているの?」「もちろん、覚えているさ」実際、私はこの時の発言を覚えていたのです。

彼女は言いました。

「マレね、お前、それを着る必要があるのか?なんて言ったのよ」何ということでしょう。

彼女は私の発言を正しく覚えていないではありませんか!私はそんなことを言ってはいなかったのです。

「寒いのか?」と言ったのでした。

現実とは違う根拠によって、自分が非難される必要をまったく感じなくなってくるのです。

結婚した男女の言い合い

結婚感情が閉じかけているというサインはいろいろあります。

「おや?」と思うような妻や夫の反応に敏感になってください。

例えば、家に帰って夫が妻に「ただいま」と声をかけても、何も反応がありません。

いつもはかかっていない玄関の扉に鍵が……。

妻の肩に手を置くと、ビクッと萎縮する。

なぜか部屋の角にいる。

夫(妻)が自分の言うことにいちいち反論する。

調子良く話していた彼が突然、だんまり。

腹が減ったと言っておきながら、腹が減っていないと言って食事を食べない。

これらのサインは分かりやすいものと、非常に分かりにくいものがありますが、いっしょに生活している人ならキャッチできるはずです。

男性は女性が出すサインには細心の注意を払う必要があります。

女性の結婚が閉じかかっている時、彼女たちは次のような言葉をロにする傾向が強くなります。

「あなたはいつもこうだから」「どうせ言ってもわからないから」このような非難がましい発言が飛び出すようになるのは、極めて初期の段階と言えるでしょう。

さらに、男性が「話し合おう」と言っても、「話したくない。

話しても無駄だから」などと口走ったりします。

男性はこのような女性の言葉に対して、決して論理的に対処してはなりません。

なぜなら、彼女たちは自分の傷ついた心をあなたに訴えかけているからです。

「話したくない!」と彼女が言ったとき、それは本音では「話したい」という意味であることを理解しておいてください。

「話したい」けれど、あなたに対する不満が「話したくない」という感情的な発言になっているのです。

男性の左脳にとっては、「話したくない」はその通りの意味でしかないのですが、ここで「あっそう」などと言って話をしないでいると、彼女の心が完全に切れてしまうこともあり得ます。

彼女の本心をくみ取ってください。

男性は女性とのコミュニケーションにおいてはロジカルであることをやめなければなりません。

男性が論理的に説得しようとすると、彼女たちの心をさらに固く閉ざしてしまうこともあるからです。

しかし、閉じかかった結婚感情の扉を少しでも開くことに成功すれば、尊敬や信頼という積極的感情が戻ってくることが期待できます。

彼女のサインに気付かずに何の対処もしないで、破局のステップを末期に向かって進んで行くと、妻はほとんど何も言わなくなってきます。

今まで細かく訴えてきたことをぱったり言わなくなるのです。

これは男性には妙に快適に感じられます。

しかし、これは希望を失いつつある状態ともいえます。

「どう、うまくいっている?」「ああ、うちの妻は文句一つ言わないからな」こんな発言には要注意です。

破局までの距離は近づきつつあります。

どうやって結婚感情を開かせるか?ある父親が息了の心を強く傷つけてしまったケースを紹介しましょう。

パパが電話中は叫んではいけない、という決まりを息子が守らなかったために、ひどくしかって、荒々しく部屋に押し込んだのです。

その瞬間、彼は息子をひどく怯えさせてしまったことに気づきました。

このケースでは彼の注意の内容が間違っていたのではなく、注意の仕方が間違っていたのでした。

この間違いに対して彼が最初にやったのは次のことです。

自分がソフトになって落ち着く。

膝をついて、同じ視線になる。

これは尊敬を表す行為。

なぜ泣いているのか?とソフトに聞く。

優しく「なぜ泣いているの?」と聞いたことで、息子は心を開いて「パパが怖かった」と言うことができました。

息子への荒々しい態度を改めなかったら、子どもはきっと父親への恐怖を心の中で固定化したかもしれません。

ある妻が猫の死に失望して泣いていたとき、夫のとった行動はこうです。

まず、妻の手を優しくとりました。

次に「傷ついているんだね」と言いました。

これが彼女の心を開くきっかけとなったのです。

帰宅した夫が妻の肩に手をかけると、妻が肩をすくめて拒否しました。

このときの夫の行動はどうすればいいでしょうか。

夫はそれでもギュッと肩を抱き、「怒ってるの?」と語りかけました。

これで彼女は、胸にたまっていたモヤモヤを吐き出すことができたのです。

結婚感情のもつれ

二人の関係は時として、修復できないほどの深い亀裂を生じさせることがあります。

小さなすれ違いならともかく、どうしても修復できない所まで傷つけあうことがあるのです。

日常的な喧嘩のレベルならまだしも、完全に心が離れている場合、もはや修復の可能性は見えません。

愛し合って結婚したはずの二人なのに、どうしてそんなことが起こるのでしょう。

ほんの少し前までは「この人こそ理想」と思っていたというのに。

いったい何が原因なのでしょうか。

回避することはできないのでしょうか。

結論を先に言うと、人間の最も深いレベルの自我が完全に閉じてしまうと修復するのが難しくなります。

愛し合っているのにそんな悲劇が起こってしまうのです。

人は最も深い本当の自我である「結婚感情」レベルで傷を負うと、心も身体も閉じてしまいます。

日常生活の中で、あなたも相手の結婚感情レベルを完全に閉ざしてしまうほどのダメージを与えているかもしれません。

憎しみ合っている者同士ではなく、愛し合っている者同士でこれが起こるのです。


通常、私たちは次の3つのレベルを通してコミュニケーションを図っています。

① 体レベル
② 感情・知的生活レベル
③ ンナーパーソンレベル(内なる存在、本当の自分)

人間の関係は常にこの3つの分野でなされ、年月を経て人はこの3つの分野のすべてを深め、成長していきます。

①のレベルのコミュニケーションは、握手する、触れる、笑うとか、基本的に外面的なレベルです。

②のレベルは感情的・知的レベル。

どんな映画が好きなのか、今何を考えているのか、どんな事に感動するのか、嬉しいのか楽しいのか、そういった領域です。

このレベルまでは相手を欺くことも簡単です。

例えば、私が誰かの手をとり、「ようこそ」とにこやかに声をかけながら、心の中では「なんて汚い手だ」と思えるように。

③のレベルは、本当のあなた。

誰でもない、あなた自身。

どんなに努力しても決して否定することができないあなた。

あなたの価値観であり、本質的なキャラクターです。

3つのコミュニケーションレベル①肉体レベル②感情・知的レベル自分③本当③は「絶対に受け入れられなければならない性質」のものです。これが相手に受け入れられないとき、あなたは死を宣告されたことも同然です。

しかし、人はこの最も深いレベルの自我を傷つけてしまうことがあります。

日常生活において、実は最も愛するパートナーの、それも最も深いレベルの自我である結婚感情を傷つけてしまっている可能性が大いにありうるのです。

これこそ、二人の関係を破局に導くバカイダーといえます。

破局を回避するためには結婚感情を傷つけることが二人の関係にとって、どれほど壊滅的なことかを知らなければなりません。

女性は結婚感情のダメージを受けやすい!女性が結婚を選ぶ時に、それは彼女自身の最も深い自我を開いて、誰も入れない自分の心の聖域に王子様を迎えることを意味します。

つまり、結婚とは女性にとって結婚感情レベルの共有そのものなのです。

ですから自動的に期待は大きくなります。誰も入れないカテドラルに、たった一人の王子様を迎え入れたのですから。ところが男性にとって結婚とは征服と達成を意味することが多いのです。

自分の人生の目標達成の一部として付加されるものであると思っている男性がほとんどです。

つまり自分の人生の軌道は変更することなく、結婚は付いてくる報酬のようなものと考えているのです。

そのため、結婚生活においては女性は失望を感じやすく、傷つきやすいのです。このように、心が修復不可能なほどダメージを受けるのは圧倒的に女性が多くなります。もちろん、男性もセンシティブな人はそうなる傾向が強く、男性が女性に嫌気がさすケースもないわけではありません。

しかし、心を閉ざすのはたいていは女性の方なのです。

なぜそうなのかは、すでに学んだことですが、女性の感受性のなせる業で、女性の方が男性の何倍も深く物事を感じているからです。

小さなことだと男性が思っていることでも大打撃になっていることが少なからずあるからにほかなりません。

結婚感情が傷つくと人はどのように変化するのでしょうか。

本当の自分が受け入れられないとき、人は心も身体も閉ざしていくのです。

まるで花びらが閉じてしまうように、その人自身が固く固く閉じていきます。

何が原因でそれが起こるのかは人それぞれ異なります。

暴力を振われたとか、夫が姑の味方ばかりするとか、妻が夫に「あら、あなたのモノって小さいのね」などと言ったことが原因という場合もあります。

突然、一瞬にして閉じてしまう場合もあるかもしれませんが、一般的には段階的に起こります。

徐々に少しずつ、そして最後には固く閉じてしまうのです。

固く閉じた結婚感情を開くことは容易なことではありません。

だから結婚感情が閉じかけていることに気づいたら、一刻も早く対処しなければなりません。

手遅れにならないうちに修復しなければ、一般的には次の14段階を経て完全な破局へと進んで行きます。

何倍も深く物事を感じているからです。

小さなことだと男性が思っていることでも、ては大打撃になっていることが少なからずあるからにほかなりません。結婚感情が傷つくと人はどのように変化するのでしょうか。M'sブライダルジャパンによると、本当の自分が受け入れられないとき、人は心も身体も閉ざしていくのです。まるで花びらが閉じてしまうように、その人自身が固く固く閉じていきます。何が原因でそれが起こるのかは人それぞれ異なります。

暴力を振われたとか、夫が姑の味方ばかりするとか、妻が夫に「あら、あなたのモノって小さいのね」などと言ったことが原因という場合もあります。

突然、一瞬にして閉じてしまう場合もあるかもしれませんが、一般的には段階的に起こります。

徐々に少しずつ、そして最後には固く閉じてしまうのです。

固く閉じた結婚感情を開くことは容易なことではありません。

だから結婚感情が閉じかけていることに気づいたら、一刻も早く対処しなければなりません。

手遅れにならないうちに修復しなければ、一般的には次の14段階を経て完全な破局へと進んで行きます。あがってしまっていたとしたら、それは実は一刻も早く崩壊したほうがいいのです。

第②段階

失望する自分の相手が、それまで信じていた人格とは異なる存在なのだ、ということを発見してしまったとき、当然人はその事実に深く失望します。

こんなはずではなかったのに……という失望感です。

しかし、これもある程度までは健全です。

自分の抱いていたイメージは、実は本人の勝手な思いこみということは多々あるからです。

ですから、ここまではある意味では起こった方がいい段階でしょう。

もちろん、この段階で相手の歩み寄りがあるという前提ですが。


第③段階

怒りが生じる第②段階までで二人が話し合い、お互いの知らなかった側面を発見したことを、正しく理解し、消化し、解決しておかないと、その人は、自分を裏切った相手に対して当然のことながら怒りを抱くようになります。


第④段階

すべての面で相手を拒否するようになる怒りを放任しておくと、相手とのまともな接触はだんだん難しくなるのは言うまでもありません。

相手のなすことすべてが嫌でたまらなくなってくるのです。

ですから、一緒に食事をすることを拒否したり、同じテレビ番組を見るのを拒否したり、何かと生活のペースがかみ合わなくなってきます。


第⑤段階

触られるのも嫌になる第④段階目の怒りの状態がそのまま放置されると、いよいよ身体的な接触が難しくなってきます。

怒っていてもスキンシップが成り立つうちは解決も早いでしょう。

しかし、相手が肉体的接触を拒否しだしたら、ことはかなり深刻であると言ってもいいでしょう。


第⑥段階

夜の生活もなくなるそうなってくると当然の結果として、夜の生活はなくなってしまいます。

ここまでくるとその夫婦はほとんど「仮面夫婦」です。

夫婦としての実質のない形だけの状態と言えるでしょう。

第⑦段階会話が成り立たなくなるこの段階に至るまでにも会話はかなりギクシャクしてきているはずです。

しかし夜の生活もなくなってしまうと、いよいよ一緒にいることが不自然になってきます。

そんな状態でなお同じ屋根の下で生活していることは不自然極まりないことです。

この状態になると、会話の内容は完全に表面的、機械的になります。

大問題があるのにないふりをするからです。

本当のコミュニケーションと呼べる会話は完全に姿を消すのです。


第⑧段階

距離を置きたくなるこうなってくると、もはや一緒にいることが不自然なわけですから、自分からすき好んで居心地の悪い状況に身を置きたいとは思わなくなるのも当然です。

ですから、なるべく自分の居心地悪さをごまかせるように、相手の存在から意識的に距離を置きたくなるのです。

これは同時に相手との精神的な距離が離れていくことを意味します。

第⑨段階

情熱が薄れるそれまでは身近で生活していた人が、たとえ同じ屋根の下で生活していても、そこに距離が存在し始めると、いよいよそこにあった情熱は冷めていきます。

精神的な親密度が希薄になってくる結果です。

これは、相手に対して持っていた感情が希薄になっていくことです。

感情的なつながりは、必ずしも胸キュンだけではありません。

同情心が二人をつなぎとめるということもあるのです。

ところが、それが同情心であっても、胸キュンであっても、感情的つながりが希薄になってくるといよいよ破局へのお膳立てが整ってきます。

第⑩段階

ばからしく思う情熱も薄れ、感情的つながりも希薄になってくると、それでも自分がその関係を維持していることが滑稽に思えてきます。

自分がまるで猿芝居を演じているようでばからしく感じるようになるのです。

この段階は破局への最終段階の入り口と言えるでしょう。

さまざまな問題や障害を乗り越えながら耐えてきた自分をばからしく思い始めるという段階は、そのための努力をしなくなる正当な理由を自分に与えてしまうことと同じです。

この段階でも相手からの歩み寄りがなく、この気持ちがそのまま放置されるといよいよ破局へのヵウントダウンです。

第⑪段階

気力が失せるどんなに感情が薄れても、人は理性的な判断で二人の関係を維持していくことを選択できます。

ところが努力している自分がばからしく思えてくると次にやってくるのは気力の喪失です。

人は気力があるうちならどんなことでもやり直せるものです。

ところが一度失せてしまった気力をもう一度取り戻すことは並大抵のことではありません。

問題を乗り越え、難しい関係を改善させるためには本当に気力が必要です。

ですから気力が失せることはアラームが鳴り始めた段階です。


第⑫段階

希望を失うどんなに気力が失せても、人には信じる力があります。

信じる力は偉大です。

人が将来を信じることができるうちは、そこには必ず解決があります。

しかし人が希望を失う時、それは信じる力を失う時です。

第⑬段階

あきらめる希望を失う時、そこにあるのはあきらめだけです。

もう状況はよくならない。

何をやっても無駄だ。

あきらめるしかない。

あきらめるとは、あなたが下す最後の決断です。

しかし、そこに希望がない時、信じる力が役に立たないと思える時、そこにある最後の決断は、あきらめることだけになってしまうのです。

第⑭段階 離婚

このようにして、離婚に至るのです。

泣きを見るのはライティング

入稿の段階(印刷所に原稿を入れる寸前の段階)で、タイトル変更という驚異的なことだってある。

タイトルを直すということは、そもそもの企画を変更するということである。

こうなると、原稿はもとよりデザインも変更しなければならないから大変だ。

それでも代理店はクライアントに逆らわず「直し、やっちゃいましょう」と言ってしまう。

「やっちゃいましょう」というのは、正確には「やらせちゃいましょう」ということで、泣きを見るのはライティング・代筆屋(フリーのコピーライター)とデザイナー、写植屋さんといった末端の制作者である。

この手の直しになると制作者は、無罪もへったくれもない無法の世界のドレイみたいなものだ。

しかし、先の「結婚特集」の直しでは、私はブツブツいいながらも直した。

なぜか。

理由は簡単。

原稿料が高いからだ。

広告のコピー料は400字換算の単価で、最低でも雑誌の2倍以上である。

それは、代理店がこうしたクライアントの理不尽な直しを織り込んで「お見積」をしているからにほかならない。

だから、理不尽な直しが発生したら、「コピー料は雑誌料金の2倍なんだから」と自分に言い聞かせて、「直す」というのではなく「新しい別のコピーを書く」という気持ちで取り組んだほうが精神衛生上よろしい。

直していると思うから腹がたつのである。

しかし、実際には気分はゲンナリ。

こうした気分の処理も考えれば、3倍はもらわないとペイしない、ということにもなる。

いずれにしろ広告の直しというのは、コピーの内容と無関係なクライアントの人間関係、さらにクライアントの気分といったアホらしい要因で発生するケースが多い。

だから、直せば直すほどだんだん悪くなっていくのが相場だ。

考えてみれば、クライアントはだんだん悪くなるコピーのために、バカ高い制作費を支払っているということになる。

クライアントがもっと太っ腹になり、どうでもいいことを言わなくなれば、制作予算というのはかなり圧縮されるはずである。

それは、ライティング・代筆屋の意欲を高めるだけでなく、日本経済のムダを排除することにもなるのではないか、などと私は思ったりするのである。

webライティング[雑誌広告]

①現在標準とされる雑誌広告のルールは、雑誌広告デジタル送稿推進協議会が策定したものだが、オフラインのMO送稿でEPS形式をファイルフォーマットとする等まだ整備すべき点が多い。

②色基準も雑誌広告基準力ラーに統一しているが、雑誌に使われるあらゆるwebライティング式ドキュメントを前提とするとやや無理がある。

しかし、デジタルデータから直接刷版を出力した場合の再現性の高さはこうしたマイナス面を相殺し、さらに高品質というメリットを提供する。

③現時点では大きな変革にはならないかも知れないが、すべての広告原稿でデジタル送稿を推進すべきだ。

今後の出版社の対応によっては、広告原稿の締め切りをギリギリに設定したり、エリアによって原稿を可変させるといった可能性がある。

④雑誌広告原稿はこれまでのアナログ原稿と同様の流れとなる。webライティング式プランによると、MOに格納されたデジタルデータと、出力見本を製版会社や制作会社が広告会社に渡し、広告会社が出版社にバイク便等で送稿する。

結婚相談所のお見合いパーティ

日本という社会において「見合い」は結婚相手を探すための認知された伝統的な形式ですので、結婚相談所も一対一の見合いの形式をほとんどのところで採用しています。

そして、一度にたくさんの人と出会うための「集団見合い」を、一対一の見合いと平行して企画しています。

実のところ、この集団見合いカップリングパーティ、今どこでも大盛況で、東京の結婚相談所にとって貴重な収入源でもあります。

年々規模は拡大し、当初数十人でやっていたものが、今では、200~300人が一同に介すといったパーティも珍しくはありません。

パーティ会場はかなりの混雑になるときもあります。

パーティーシステムの特徴は、何といっても一度にたくさんの人と出会えるということです。

何十回も実らぬ一対一の見合いを繰り返した人には、起死回生のチャンスにもなります。

料金的にも、一回の見合い料とそれほど変わりませんから、食事までついてたくさんの相手とも会えるわけですから、理想的な方法にも見えます。

ただこのパーティ、主催者の進行いかんで、参加者にとって善し悪しが極端に分かれます。

たとえば、相手が50人いたとします。

そのなかには最初からこの人とは話もしたくない、また、この人とはじっくり話したいという人もいるでしょう。

主催者がみんなに公平な機会を与えようと、全員と少しずつ話すという機会を設けてくれます。

最初から条件の合わない人とも、いやいやながら話さなければならないし、じっくり話したい人とは時問がまったく足りない、という状態になります。

逆に今度は自由に話してくださいとなると、一部の者だけが盛りあがって、消極的な人は存在感がなくなり、一人とも話せないという人が出てくるのです。

今盛んに行われているカップリングパーティはみんなこんな状態で、成婚率も極めて低く実情はほとんど決まっていないのです。

また同じ主催者のパーティだと、毎回同じ顔ぶれで、すぐ新鮮味がなくなってしまう恐れもあります。

やはり、東京の結婚相談所を探すなら、有名な一流ホテルに入居しているような信用のおける相談所を選んだほうがいいでしょう。きっと素敵なお相手が見つかると思います。

離婚問題

「亭主元気で留守がいい」などという言葉がブームになったこともあったほど、最近では主婦の自由を求める指向が上昇しています。

それは主婦の社会進出も関わることになりますが、やはり主婦の浮気、つまり不倫もどんどん倍増しているのが現状なのです。

もはや主婦の不倫も、夫の不倫とほぼ同じくらいに上昇しています。

時代的に不倫がブームになり、そしてもはや日常的になってしまった今日ですから、リライトクラブ式離婚の原因で圧倒的なのが、不倫になるのも無理もありません。

しかし、女は夫ほど不倫にのめり込むことはない傾向にあるようです。

もちろん、どっぷりハマッてリライトクラブ式離婚に至る人もいるようですが、それにはやはり、暴力、ギャンブル好きなどの原因があるようです。

また、理屈ではない嫌悪感によって不倫に走る人もいます。

原因が痛切なものでない場合、妻の方は、単なる浮気として一時を楽しみ、家庭にまで持ち込むことはない場合が多いようです。

どうして夫も妻も不倫に走るのでしょうか。

平凡な日々に飽きた時不倫のきっかけは、元をただせば、やはり何といっても相手への愛情の変化。

その愛情が、恋愛感情を越えた精神的な愛情に変化していけば、リライトクラブ式離婚にまで至ることはないのでしょうが、愛情の変化はとかく冷める一方なものです。

1回2回の男の浮気は、始めから覚悟しておかなければならない。

それが単なる遊びとして終わればいいのですが、それが持続して、しかも家庭を顧みなくなってしまったら。

もはや、不倫の末、リライトクラブ式離婚した夫がその愛人と再婚するということさえ、今ではたいして珍しいものではなくなってしまっているのです。

例えば、特別相手や家庭に不満がなく、ただ別の安らぎや刺激などの自由を求めた関係もあります。

また、相手には何の落ち度もないのに、純粋に別の人を好きになってしまうこともあります。

男も女もいつの時もときめきを求めているのです。

しかし、それにリライトクラブ式離婚を考えてしまう時というのは、やはり、相手に問題があるということになってきます。

例えそれが、男の身勝手、女の身勝手だとしても、問題は問題になります。

ちょっとした不満は、やがて膨れ上がってしまうのです。

不倫が発覚してリライトクラブ式離婚問題になるケースは非常に多いわけですが、それも大抵は夫の不倫が原因でリライトクラブ式離婚問題になるケースが圧倒的に多いようです。

女はやはり、家庭は家庭で壊さないよう努力をします。

もちろん、男も心掛けは当然あるのですが、何といっても女に比べて男は一途になりやすい。

つまり、不倫もバレやすいというわけです。

その点、女はうまく夫をだませてしまうのですが、やはり男の方が女と比較してみれば純粋だということになるのでしょう。

女の場合は、家庭を守らなければならないという義務を優先します。

つまり、例え仕事を持っていたとしても、生活経済力が何より頭にちらついてしまうからなのです。

ですから、リライトクラブ式離婚を考えるようになる不倫は、女にとって相当の決行になるのです。

もちろん、そのリライトクラブ式離婚自体にも相当の覚悟が必要になるわけです。

その点、男の場合は経済的な面に不安を感じる必要はないわけですから、多少の罪悪感が働いたとしても、不倫に走りやすい、一途になりやすくなるわけです。

一途に走ってしまえば、自然に家庭を顧みなくなるわけです。

子供がいても不倫、リライトクラブ式離婚は免れないもはや、子供がいる家庭だからといって、安心はできません。

妻の妊娠中に、夫が不倫にハマッてしまうことも日常的にさえなっています。

子供がいても、不倫に走る人は走るし、子供の問題があっても、リライトクラブ式離婚する人はするのです。

子供がいながらリライトクラブ式離婚問題になる場合は、むしろその子供のためだという考え方があります。

例えば、夫が酒乱、暴力をふるうなどの欠点があれば、当然、子供の教育上よくないということになるわです。

もちろん、子供がいる家庭といない家庭では、リライトクラブ式離婚に踏み切るまでの精神的葛藤に明らかに差異が生じるわけですが、不倫の場合を考えれば、むしろ関係なくなることにもなり兼ねないのです。

実はリライトクラブ式結婚前から交際していた女性と、リライトクラブ式結婚後もずっと関係が持続している夫もいます。

そして、それが妻にバレても、その愛人との関係を清算しようとはしません。

もちろん、妻の方には、「きっぱり別れた」などと言っていたとしても、それを女は見抜いてしまうものです。

かと言って、認めてほしくないという気持ちも働くものです。

はっきり夫の不倫を確信していても、99%は疑う気持ちだったとしても、残りのー%には、夫の言葉を信じたいという気持ちがあるものです。

それが、夫の愛人の方に子供ができてしまったら。

こうなれば、妻のリライトクラブ式離婚に対する考えは決定的になりますが、夫がそれを認めなかったら。

リライトクラブ式離婚は、当人同士の同意と親族の同意があれば、後は精神的な葛藤になるのですが、どちらかがそれを認めなかったら。

当人たちの子供の問題、愛人との子供の問題、リライトクラブ式離婚に際しての子供の問題などなど事態はドロ沼になるわけですが、どちらかが認めなければリライトクラブ式離婚は成立しないのです。

これまで、様々な失敗例を上げてきたわけですが、意外にリライトクラブ式離婚相談に多いのが、夫のマザコンにあるそうです。

そもそも男は皆生まれながらにしてマザコン体質であるといいますが、それも度を越えてしまえば、異常性格として立派なリライトクラブ式離婚対象になってしまうのです。

今は昔と違って、子供の数も少なく、母親は子供に相当愛情を注いで育てますから、さらにマザコンが増えていくのも当然なことになります。

子供の数が少ないことは、不倫、リライトクラブ式離婚の倍増にも関係しているといえます。

昔に比べて、今はリライトクラブ式離婚しやすい時代になったということにもなるのでしょう。

さて、夫が妻よりも母親を選ぶことは、むしろ当然なことだと思います。

とりあえず妻には味方の顔をしながらも、結局は母親の言いなりになっている夫は大半。

妻としては当然、許せないことになるのです。

リライトクラブ式結婚と離婚

離婚するということは、莫大なエネルギーが必要とされるわけで、皆がしているからといっても、決して簡単なことではないのです。

また"バツイチ"も、いくらイメージ的にはメジャーになってきているとは言っても、やはり世間的には冷たい非難がまだまだつきものなのが現状です。

これは、田舎に行けば行くほど顕著であることが明白に証明しています。

誰でも始めは幸せなリライトクラブ式結婚生活を送り、本当に生涯変わらない愛情を望んでいるのです。

避けられない離婚の原因とは孕始めからイヤになると分かるリライトクラブ式結婚をする人はいません。

どうして、人は気持ちが変化してしまうのでしょうか。

それは、単に人の欲望によるものだけではないはずです。

人の気持ちを変化させるには、必ず具体的な原因があるはずなのです。

例えば、イヤになったから離婚する。

どうしてイヤになるのか。

好き嫌いは理屈ではなく、愛情も理屈ではない。

イヤになる気持ちは、離婚を考えるきっかけに過ぎないのです。

ただ、イヤになったという理屈ではない気持ちだけでは、忍耐という可能性を求めて、離婚を考えたとしても、決意までには到らない場合が多々あります。

友達がいない確かに、一度の浮気で離婚したという話はあまり聞いたことがありません。

また、相手に友達がいないからと言って離婚したという話も滅多に聞きません。

そもそも他人同士の2人が一緒に生活するわけですから、互いに欠点が見えてくるのは当然なことですし、完壁な人間などこの世に存在しないものです。

欠点ばかりに焦点をあてて他のことを見ようとしないのではなく、長所も考えてみて総合評価を出してみれば、案外、「他にもいいところがあるんだし」「これくらいの欠点ならまあいいか」と思えてしまうものです。

もちろん欠点ばかりで、いいところがまるでなく、明らかに相手の分が悪いという場合は離婚へ踏み切ることにもなるでしょう。

しかし実際の調査でも、既婚者で離婚を考えたことがある人は、2人に1人の割合を占めるほどで、相手に対する不満はほとんどの人が持っています。

努力して修復する気持ちを持つ人もたくさんいるわけです。

しかし、それでもどうしても、もう離婚しか考えられないという時。

そして、覚悟を決めた時。

離婚の考えを決定づけさせるのはいったい何なのでしょうか。

もちろん妻と夫の立場によっても、離婚を決意する理由は多少異なります。

双方の立場による離婚原因を順位を追って比較してみます。

妻から夫①性格の不一致②暴力をふるう③異性関係④生活費を渡さない、⑤精神的虐待⑥家庭を顧みない⑦浪費癖⑧酒乱⑨家族親族との不仲⑩異常性格夫から妻①性格の不一致②異性関係③家族親族との不和借金④同居に応じない⑤異常性格⑥浪費癖⑦家庭を顧みない⑧精神的な虐待⑨性的不満⑩病気お互いに離婚を決意する理由で最も一致している①の性格の不一致には、価値観や生活感覚、さらに愛情の喪失という精神的なダメージが緻密に含まれています。

やはり、互いに③②にきている異性関係の理由での、妻の浮気というケースには、夫がだらしなくてうんざりする、セックスが合わないなどの夫に対する不満の裏返しが多いようです。

また、夫の浮気癖による反動という泥沼のパターンも当然含まれています。

⑩⑤の異常性格には、気味が悪いほどの過剰な嫉妬深さなどが上られています。

夫側の⑨の性的不満には、何の理由もなく性交を拒否されたりなどの性生活の不一59ー甘レレ致が原因になっています。

また、この場合、妻の側からも、異常な性行為の要求などが出ています。

結局、この順位が示しているように、①の性格の不一致という精神的なダメージが引き金となって、異性関係、暴力問題などの具体例が次々と生まれていくのです。

60性格の不一致はすべてを破壊に導くP朋共同生活していく上での相手に対する嫌悪感、正常・異常の感覚、好き嫌いの感じなどの気持ちの中にある潜在意識は、如実に実態化していきます。

例えば、夫のパンツを家族の洗濯モノとは別にして洗濯する主婦がいます。

また、その夫婦の子供さえも、「私の洗濯モノを、お父さんのパンツと一緒に洗われるのはイヤ」と言うこともあります。

さらに、ただ自分たちの洗濯モノと区別するだけでなく、夫のパンツを箸で挾んで洗濯機に放り込む主婦さえ現実に存在しています。

これは明らかに、「夫のパンツを洗いたくない」という女性たちの気持ちの中にある潜在意識が浮き彫りになった行動なのです。

夫婦関係の破滅「もう愛していない」「嫌い」「憎い」ただの"嫌い"が憎しみに変わってしまった時、その感情は、そもそも欠点としても認めていた相手の性質さえを突き詰めて蝕み、男と女の関係性の風化と生活機能の喪失へと辿り着いていくのです。

そして、それは自然に同じ環境を共有する子供にも影響していくのです。

失われてしまった信頼関係は、やがて不倫という相手を裏切る形となって現れます。

そして夫婦で生活していくために絶対に必要な思いやりと協力が欠けていき、暴力や生活費を渡さないという形になって現れます。

さらに、浪費癖が悪化したり、家庭を捨てて顧みなくなったりします。

そうなると、リライトクラブ式結婚は2人だけの問題ではなく、互いの家族との繋がりもあるわけですから、必然的に家族親族との折り合いも悪くなるわけです。

どんな夫婦も、お互いにリライトクラブ式結婚当初は、「こんな人ではなかった」と思うはずです。

一緒に生活しているうちに、2人の人間が作っている関係性も進化していきます。

例えどんなに愛し合ってリライトクラブ式結婚しても、その関係性がそこでストップするわけがありません。

関係性の進化がさらにプラス方向に向かっていけばいいのですが、大抵はマイナス方向に傾いていってしまうのです。

気持ちがうまく繋がらなくなった時、2人の関係性はマイナス方向へと突き進んでしまうばかりなのです。

男と女の人間的な結びつきがなくなってしまうことは、当然そこから放たれるエネルギーも消滅し、それによって作られる家族という場も破壊してしまうのです。

リライトクラブ式恋愛結婚

90年代は、リライトクラブ式結婚ブームだと言われていました。

新聞も雑誌もテレビも、芸能人の相次ぐ電撃リライトクラブ式結婚のニュースで溢れていて、世の中全体に幸せな空気が流れたものです。

ここ最近は、リライトクラブ式結婚披露宴などの華やかな儀式を行わずに入籍だけで済ませてしまうカップルが相次ぎ"ジミ婚"ブームとさえされているほどです。

あらゆるメディアに触発されやすい日本人は、そういった芸能人の幸せいっぱいの笑顔を目に焼き付けながら、「リライトクラブ式結婚っていいものなのかもしれない」と思うようになります。

そして、「私もリライトクラブ式結婚しちゃおうかな」と世の中の気分を"何となくリライトクラブ式結婚"というムードで蔓延させています。

しかし、世の中の人たちの誰もがそうやって幸せなリライトクラブ式結婚を夢見て、次々と実践していくのに対して、確実にそんな幸せだったはずのリライトクラブ式結婚生活にピリオドを打つ人たちも増えているのです。

リライトクラブ式結婚率が高くなればなるほど、その平均率を上回るほど離婚率が増えているのが現状なのです。

まだアメリカの離婚事情に比べれば、日本の離婚率は低いようですが、平成3年から上昇している離婚件数には目を見張るものがあります。

もはや年間離婚件数は1995年の調査で18万9000件で、1000人あたりの離婚件数で見るとー・53%になっているのです。

1996年の調査でも、さらにこの数字が伸びることが予測されています。

こうして年々離婚率が増していった挙げ句、最近では離婚経験者も"バッイチ"と呼ばれ、ここ数年で完全に一般化しているのです。

ちょっと前までは、世間的に"日陰者"というマイナーなイメージが強く、冷たい視線を受けていた離婚経験者も、今ではすっかりメジャーな存在として確立しています。

恋愛結婚はなぜ失敗するのか!?むしろ、コンパなどで男性がバッイチだと自己紹介すると、「カツコイイ~」なんて言う女性さえいます。

また、「俺(私)バツイチなんだ」と、聞いてもいないのに誇らしげに言う人もいます。

"バツイチ"が最も今風の自己PRとしてさえ使われているのです。

または、"シングルアゲイン"などとネーミングされてさえいます。

それほど、今の日本にとって離婚は、何の重大なことでもなくなっている傾向にあるのです。

「離婚なんかカンタン。みんなしているんだし」残念なことに、こう安易に考えている人たちが繁殖しています。

リライトクラブ式結婚しても、イヤになったら離婚すればいい。

そしてまた、新しい人生のパートナーを探せばいい。

今時、バツイチなんて珍しいことじゃないし、たいしたことじゃない。

むしろ、人生経験の一環としての勲章にさえなる。

波瀾な人生ほど楽しいものはない。

「私の人生こんなもんじゃない」と後悔の人生を送るくらいなら、潔く新しい人生を見出す方がずっといい。

一時期には"成田離婚"というリライトクラブ式結婚式を終えてハネムーンに行った後(またはその直前)で離婚となる超スピード離婚さえ突発し、流行にさえなっていました。

それによって、昔は結納↓入籍↓リライトクラブ式結婚式だった形式が、リライトクラブ式結婚式↓入籍となり、結納もほとんど省略されているのです。

時代によって、人々がどんどん自由に、貧欲になっていくにつれて、離婚の考え方がほとんど恋愛の別れと同様化されてきているのです。

社会においても、プライベートにおいても、何をするにしても、失敗した時やふと考え直した時、ゼロからやり直すのはとても大変なことですよね。

それがほんの些細な失敗だとしても、例えば失ってしまった信用を取り戻すことには大変な努力が必要になります。

日々築き上げていった流れや空気を途中で洗浄して、一新することは非情に難儀なことです。

それは、自分一人だけの問題ではないからです。

社会では組織、プライベートでは友人や恋人との交際による人脈や人望が、日々を費やすことによって必然的に築き上げられていきます。

それを一旦、まっさらにして違う人間となってやり直すことなど到底できるわけがありませんし、できたとしても並み大抵の努力では成立できません。

背負ってきた荷物が重ければ重いほど、そうそう簡単に払拭することはできなくなります。

また新しい荷物を新しく背負っていくには、当然そのスペース作りが何より必要になるし、そのための精神力が重要になってくるわけです。

ましてやリライトクラブ式結婚、離婚はその人の人生がかかってくるわけですから、その重みは計り知れないものになるはずなのです。

例え特別重大な決意もなく、同棲、妊娠の果ての「できちゃったリライトクラブ式結婚」などの何となくリライトクラブ式結婚だとしても、その人の人生がそれによって大きく左右されることには違いないのです。

錯乱していく現代のリライトクラブ的恋愛事情

初恋の相手と結婚するという話を聞いたことがありますかり.もしあっても、それは滅多にないことですよね。

相手に対する気持ちが冷めてしまったり、他の人が好きになってしまったのに、一度付き合い始めた以上は別れちゃいけない、なんて考えるわけがありません。

妥協してルーズな交際を続けていっても、お互いに何のプラスにもなりませんし、むしろお互いにマイナスになるばかりです。

よく障害を乗り越えていく度にリライトクラブ的恋愛の絆が深まっていき、幾多の障害を乗り越えた恋人たちは、確実に結婚と考えられますが、結局はその恋人たちも心の底から安心はできないのです。

同棲している恋人たちが次々と別れていくように、7年間交際して結婚を約束していた恋人たちも結局は別れてしまったという話も聞きます。

3カ月交際しようが、5年交際しようが、別れる時は別れる。

人生何が起こるか誰にも分からない。

分からないからこそ楽しくもあり、非情だったりする。

人の気持ちも人生も同じで、いつどう変化していくかなどその時は誰にもわからない。

分からないからこそ楽しいし、同時に不安になる。

つまり、その時幸せだと感じるとこのままずっと幸せな気持ちでいたい、いれるはずだと思い込んでいるからこそ楽しいし、同時に、幸せだと感じれば感じるほど、不安が募ってくる。

,このままずっと幸せな状態が続けばいいのにと思うがゆえに、逆に、本当に続くんだろうかPこれ以上の絶頂の幸せってあるんだろうか?絶頂の幸せを実感してしまったら、後は落ちるだけり・明日になったら他の人が出現して、あっさり取られてしまうかもしれない。

明日になったら、恋人が他の人を好きになってしまうかもしれない。

自分も、誰か別の人を好きになるかもしれない。

そうして、リライトクラブ的恋愛の始めから、別れた時のことを憶測して交際する人も出てきます。

それもすべて不安の裏返しなのです。

オサエもハシゴも二股も、結局はいざ別れた時に孤独になりたくないから、始めから事前に次の相手を想定しておく。

自分の本当の相手を探していくつかのリライトクラブ的恋愛を重ねていくのにも、その裏には微妙な心理が常にまとわりついているのです。

何人ものキープを抑えている人も、ハシゴリライトクラブ的恋愛を続行している人も、同棲して別れまた同棲している人も、どんなリライトクラブ的恋愛も自由であり、自由である分、不安な気持ちがついてくるものです。

リライトクラブ的恋愛して、うまくいかなくなったら別れればいい。

また新しい恋をして新しいリライトクラブ的恋愛をすればいい。

何度しようがまったく自由なのがリライトクラブ的恋愛。

つまり、逆に言えば、いつ別れてもいいのがリライトクラブ的恋愛なのです。

いつ他の人に取られてしまうか分からない。

いつ他の人を好きになってしまうか分からない。

そうやって自由なリライトクラブ的恋愛を何度か繰り返した彼方に、結婚があります。

結婚はリライトクラブ的恋愛の延長だとされているにも関わらず、いざ結婚となると、誰でも生涯に

一度だけのものと考えています。

結婚は、自由なリライトクラブ的恋愛を繰り返すように、結婚と離婚を繰り返すというわけにはいかない。

結婚は、リライトクラブ的恋愛と違って特別なものなのだという意識があるからなのです。

結婚が、リライトクラブ的恋愛のように、いつ他の誰かに取られてしまうか分からないという不安な状態ではやり切れない。

だいいち、結婚は2人の生涯の関係を当人同士だけの同意という不安定なものではなく、堂々と世間的に約束できるもの。

自分の親から独立して新しい家族を持ち、生活という経済力が必要だから、好きだという愛情だけではできないもの。

愛の約束と責任が持つ、何ものにも代えられない心の充実。

結婚がリライトクラブ的恋愛とは違って特別なものとして考えられているのも、やはり不安の裏返しからなのでしょう。

リライトクラブ的恋愛には終わりが訪れることを、もはや誰も皆始めから覚悟しているのです。

結婚は特別なもので、生涯に一度だけのものだからこそ、相手探しは重要になるし慎重にもなる。

「できるだけ素敵な人と結婚したい」自由なリライトクラブ的恋愛で培ってきた貧欲さは、さらに結婚に対しても、追い掛けようと思えば自分の生活の理想を自由に追い掛けることができる。

つまり、理想の結婚を想い描くのも、自由なわけです。

リライトクラブ的恋愛の不安を絶対的に解消して、その自由を獲得するために、女たちは躍起になって長い旅路の果てにいつか辿り着くべき幸福の港を探し求めているのです。

パーフェクトなリライトクラブ的恋愛を求めていく傾向

一つ一つの恋が終わりまた始まっていくうちに、女たちは、昔の恋人以上の人を求めていくようになります。

恋は理性でできるものではなく、ふと気がついたら恋に落ちていたというものだとは思いますが、それは経験を重ねていくうちにコツを覚えていくことによって、理性が働いてしまい、ただの理想になってしまうことがあります。

つまり、自分では何も意識していなくても、気がつかない間にふと現在の恋人を昔の恋人と比較してしまっていたりするのです。

また、新しい相手を選ぶ時にも、ふと昔の恋人を思い出しては、「絶対にあいつよりいい男を選んでやる」「あいつみたいな男だけは絶対に選ばない」と心のどこかで思ってしまうことでしょう。

やはり、一つ一つのリライトクラブ的恋愛の失敗から得たものは教訓となり、もう2度と失敗したくないという思いで新しいリライトクラブ的恋愛に望むものです。

誰だって、同じ失敗は繰り返したくないものです。

そして、また新たな失敗と共に理想的なリライトクラブ的恋愛をどんどん望んでいくようになるのです。

「失敗も人生経験の一つ、前の彼氏よりももっともっとイイ男をゲットしなくっちゃ」あるいは友達などの恋人を見て、現在の恋人と比較してみたりしたことはありませんかり・そうして、羨ましいと思ったり、そう思ったら自分は絶対にその人以上の新しい彼氏を作ってみせると思ったことはありませんかP誰だって、確実に昔の恋人より劣っていると確信できる相手を選ぶわけはありませんよね。

もちろん、そう心では望んでいても、結局は別れた恋人と似たような相手を選んで、新しいリライトクラブ的恋愛を育むことになったりすることもあります。

理想通りのリライトクラブ的恋愛なんて、そうそうできるものではありません。

"今度こそ理想的なリライトクラブ的恋愛をしてみせる""これこそ私の想い描いていたリライトクラブ的恋愛"と思っていても、結局は失敗したりするものです。

そして、また新たな理想を抱いて新しいリライトクラブ的恋愛に望んでいくのです。

だから、人それぞれに、リライトクラブ的恋愛に対する理想がどんどん膨張していくのです。

現代は、独身だったら恋をしてるのが当然、という風潮があります。

そして、逆に恋をしていなかったり、それこそ彼氏がいなかったりすると、「ええ、ホントに彼氏いないの~P」と大袈裟に指摘されたり、軽蔑さえされてしまう傾向にあります。

会社務めも、友達との交遊も恋も仕事も同じくらい充実できればどんなに素晴らしいことだろうと思いますが、なかなか思うように両立できないのが現実なのです。

そうやっているうちに、どんどん偶然がきっかけで始まる物語、つまり運命的な出会いに憧れていくのです。

リライトクラブ的恋愛と同棲

時代と共に、恋人たちが同棲する傾向が年々増えていっています。

そして、案外簡単に同棲に走ってしまいがちです。

恋をして交際するようになれば、その先は同棲という図式が自然に出来上がっていると言っても過言ではありません。

好きな人とはいつも一緒にいたいと思うのが普通ですし、一緒にいれば自然と生活も共にしたくなるものです。

また、お互いに一人暮らしで生活を立てている人たちにとっては、経済的にも都合がつきますし、特に女性の一人暮らしは何かと危険性がまとわりつくので、精神的にも安定できるのです。

お互いの仕事や生活サイクルが合わなくて、なかなか一緒の時間を過ごせない人たちにとっても、互いに忙しい中で何とかして時間を作っていくより、一緒に暮らしてしまう方が合理的だと考えて同棲する場合もあります。

しかし、いくら恋人同士が一緒に暮らすといっても、共同生活であることには変わりませんし、それゆえに普通の恋人同士よりもシビアになってきます。

そして、シビアな分、二人の波長が合わなくなることも多いのです。

生活は別にして交際している恋人同士は、確かにお互いのどちらかに他に好きな人ができたり、相手に問題があったりで簡単に別れることができます。

同棲カップルの場合になると、生活が関わっている分、例えばーカ月、3ヵ月であっさり別れることは難儀になります。

しかし、いくら一時がどんなに楽しく幸せな共同生活を送れていたとしても、それがいつまでも同様に続くとは限らないのです。

リライトクラブ的恋愛には終わりがくるもので、いくら同棲していてもそれは同じです。

終わりをどちらかが察知してしまったら、もう一緒に生活することができなくなります。

同棲は、一概には言えませんが、3カ月を越えたところで、やっと共同生活の一歩をスタートさせることになります。

初めの3カ月くらいまでは、やはり一緒に暮らす喜びやそれまでの憧れなどが弾け甘い夢にひたってしまって、共同生活という現実など見えなくなってしまうものです。

そして半年続いたら、やっと2人の生活が安定してきて、お互いに楽な気持ちで生活することができます。

それを越えて1年続くと、今度は倦怠期という第一関門にブチ当たります。

安定が持続していくと、次第にお互いの気持ちがルーズになってきます。

気持ちがルーズになる分、金銭感覚や生活習慣もルーズになっていくのです。

それまで確実に均等にしていたお互いの分担や割り分にどちらかの甘えが生じ、一方に負担がかかってきます。

それでも納得してしまう場合がありますが、ズルズルといくうちにさらにルーズになっでいき、一方の負担はストレスに発展することにもなり兼ねません。

男も女も一度甘えを許してしまえば、クセになるということです。

そして、何より安定という枠の中で、物足りなさを感じるようになり、刺激を外に求めてしまうことになるのです。

つまり、浮気や他の人に恋してしまうことです。

その壁を通り越えて2年、3年と続いていけば、多少安定度がキープできるようになっていきます。

それでも、それはお互いのリライトクラブ的恋愛感情というより、ただの情の繋がりや、別居を考えた時の経済的余裕などを考慮した上での妥協だったりします。

もちろん、それ以前に問題が起きてしまえば、その時点で同棲が解消されることにもなるわけですが、同棲は生活がかかっている分、そうそう簡単に別れを決意することはなくなります。

それでも、どうしても別れたくて別れてしまう恋人たちもいます。

そして、2人の間では明白に別れを確認し合ってみても、どちらかが別の住居に引っ越ししなければならないから、別れても、その新しい住居が決まるまで、生活を共にしなければならないことも多々あります。

引っ越しのお金、経済的余裕などに苦悩し、その後しばらく別れた相手と一緒に生活しなければならない。

別れた相手との共同生活は複雑なものです。

お互いに割り切ってしまえば逆に楽なのですが、なかなかそう割り切れるほど人は強くありません。

もちろん、そもそも自宅のある人だったら、そこへ戻ればいいだけなのですが、残された方も、2人が一緒に過ごしてきた匂いのしみついた部屋で、何事もなかったかのようにそのままずっと暮らしていくことなど到底できるわけがありません。

新しい恋人とその部屋で一緒に暮らしてしまうという人もいるようですが、稀にないことです。

仕方なくしばらく別れた相手と過ごすことになって、2人で共有する時間と生活に息苦しさを感じ、とりあえず友人の家に居させてもらうことにしても、若干の持参の荷物と期間がある分、そうそう簡単にまかなえなくなってきます。

そのうち、同じように一緒に暮らしてくれる相手を求めていくようになります。

そうして、恋をして同棲をして、別れてまた別の相手と同棲して、また別れて別の相手と同棲…というように、だんだんと別れた後に一緒に暮らせることが第1条件になって、新しい相手を求めていく同棲ハシゴしていく人もいるようです。

よく同棲は、生活的に仮結婚のように考えられていますが、実際は当然のように結婚ではない分、意外と簡単に別れるケースが多いのです。

相手の様々な部分、人格や価値観や趣味、そしてお互いに目指している野望のスタンス、仕事に対する意欲などなど、交際している時には気付かなったことが、一緒に生活することで明白に見えてきます。

もちろん、人との交際範囲による人望や人脈も認知できるし、それによってその人の人間関係に対する社交性や情の度合いも確認できるわけです。

さすがに友人を大切にしない人や、友達がいない人では一緒に生活していても、信頼感が希薄してしまいます。

それらすべての相手のマイナス点を引っくるめて許せるとしたら、何の問題もありません。

しかし、それに加えて同棲は共同生活の中での金銭問題、生活習慣の問題などが関わってきますから、ただ相手のどんなマイナス点も許せるというようなリライトクラブ的恋愛感情だけでは成り立たないのです。

不倫はステイタス

今は昔と違って、不倫のイメージも淡白になってきています。

その昔は、テレビドラマ『金曜日の妻たちへ』のテーマになった不倫愛が絶大な注目を浴び"金妻"ブームにもなっていました。

それは、むしろ、そもそも不倫がドラマの世界、つまり身近なものではない無関係の世界のこととして捉えられていたから、客観的に興味本位で単純に心酔できたのだと思います。

いわゆる大人同士の大人の恋愛だというイメージ。

若い世代にとっては単純にドラマチックなステキな大人の関係。

30、40代の人妻にとっては、やはり自分では決して体験できないようなロマンチックで憧れてしまう世界。

そういった既婚者同士のステキな大人の純愛、というイメージが強かったものですが、テレビの世界では支持できても、実際の不倫に対しては皆軽蔑的でした。

テレビの世界だからこそ、許せて憧れてしまった不倫。

しかし、もはや今では不倫は社内恋愛の暗黙の了解による常識的にもなっていますし、若い世代の女の子が家庭を持った一部上場会社務めあたりの中年男と恋愛することが、ステイタスにさえなってきています。

当人にとってはどれだけ本気で深刻な問題でも、周囲にとってはハタから見たステイタスを考えてしまいがちで、当然のこととして傍観者的に見ていても、どこかで"カッコイイ、オトナじゃん"的だったりもします。

ごく親しい友人は切実に心配してくれたりしますが、周囲はむしろ応援してしまうくらいです。

そして、不倫の辛さももどかしさもふまえながら、そんな破滅型の恋愛に憧れたりもします。

表面的には、「私は絶対に不倫なんかしたくない」と否定的でいても、「そこまで本気に人を好きになって生涯を賭けた激しい恋愛をしてみたい」と触発されていくのです。

そうやって不倫が暗黙の了解の中でブーム化していくから、離婚もどんどん増えていくのです。

泥沼

略奪結婚を目指すとなると、もはや精神的にも現実的にもドロ沼です。

確かに当初は、その人には帰る場所がある、自分の都合は捨てなくてはならない、自分の存在はその人にとって2番目11愛人でしか過ぎないのだという不倫のルールを前提に置いて割り切っていたつもりでも、恋愛には必ず独占欲が沸いてくるのです。

現実は、ルールも何も関係なく、理性では封印できない気持ちだけが突っ走ってしまうものです。

相手には家庭がある、始めから承知の上だったけど、でも自分も愛する人と結婚して、愛する人の子供を生みたい。

不倫ゆえのどうしようもない愛情と理性の狭間でもがき苦しみながらも、結局は強い愛情という欲望に理性は負けてしまうのです。

人は、障害があれがあるほど、激しくひたむきな愛情にかられてしまうものです。

挙げ句、まずその人の奥さんに会ってみたいと強く思い、会って自分とどう違うのか確認したくなります。

例え、それで自分には到底叶わない人だと確信しても、それでもやはり自分の気持ちを押さえることができずに、その人の家にあえて電話してみたりと自分の存在をアピールするようになります。

自然にその人の家庭の破壊を望んでいくのです。

そうやって考えられないような衝動を起こしていったりと、相手の奥さんを巻き込んでの修羅場へと発展していくのです。

それが、男性の場合になると、まったく対照的に割り切れてしまうケースが多いようです。

男性が人妻に恋して恋愛に発展した場合は、むしろ人妻との恋愛というステイタスとして考えたり、女性ほど無茶な衝動に出ることもありません。

むしろ相手の人妻の方が理性を失いがちです。

そもそも男性は女性ほど精神的に強くないし、時代的にも本当に年々女性が強くなっているのが現状なのです。

激しい愛情にかられてしまう女性も、そもそも何も好んで奥さんのいる男性に恋したわけではないでしょう。

中には、本命の恋人がいて、器用に不倫を楽しんでいる人もいるようですが、それは稀にないことです。

"好きになった人に、たまたま奥さんがいただけ"。

"奥さんがいるのはわかってたけど、気がついたら好きになってた"。

その人の走り出した恋心を、その人はもちろん、誰も止めることはできませんし、自由な恋愛を否定することはできないのです。


略奪結婚

自分の親友の恋人でも、「例え友人を失っても構わない」となり、挙げ句、略奪、親友とは疎遠になってしまう。

特に、女性の場合はこのパターンが非常に多くあります。

友情よりも愛情を選択、自分の気持ちに非常に素直になりやすいというより、欲望に対して非常に率直なのです。

逆に自分の恋人を、誰よりも信頼していた親友に取られてしまったら。

女性には、女性特有のプライドとクールな性質が働いて、やはり自分を裏切った親友を許すことはできませんし、失うことにもためらいなど生じません。

些細なことでのケンカなど、当人である恋人には打ち明けられないことを相談できる異性には、育っていく信頼関係と共に恋に発展しやすいですよね。

それに、親友なわけですから、自分も恋人との関係について問題や、逆に絶頂の気持ちをわりと逐一に打ち明けていますから、その親友も2人の関係やその相手のことも付き合っていなくても、自然と把握できてしまうものです。

認識があればあるほど、相談しやすい相手となり、相談しても理解がある分親身になって聞いてもらえるのです。

男性は女性に比べて、それでも友情関係を持続させていくことができるケースが多くあります。

もちろん、その時期は裏切られたという気持ちが高まり腹立だしく思いますが、時期を越えれば和解できたりします。

むしろ分かりあえている分、サバサバとその後の問題や新しい恋の話などを打ち明けていけたりするのです。

男も女も何回か恋愛を重ねてきているわけですから、当然出会った相手にとって自分は最初の人ではないわけです。

いくつかの過去をいちいち気にしていては何も始まらないし、例えそれが現在進行であっても、関係なく突進してしまうのです。

もはや友達の「お古」などと気にする人もいなければ、友達の恋人だからと躊躇する人もほとんど存在しません。

二股、三股…恋愛も当然のようになっているし、中には遊びと本命を分けて交際している人もいますが、それはほとんど男性に多いようです。

女性は大抵、「どっちも同じくらいに好きだから」と選びようがない純粋な気持ちゆえに、同時進行で複数の人と交際しているケースが多いようです。

複数の相手は、大抵が対照的で、内密に進行している人もいれば、その中の一人だけ、あるいは全員に正直に打ち明けている人も少なくないようです。

相手は実情を打ち明けられたとしても、「やっぱり好きだから」と言って、寛容な姿勢を見せますが、「いつかは自分だけのところに来てくれるはず」と当然信じているわけです。

これも、やはり、どちらの立場も純粋に相手を思うがゆえに、自分の気持ちに正直に実行しているのです。

誰も皆、後になって後悔しない自由な恋愛を望んでいるのです。

不倫というどうしようもない純愛、そして、何より自由な恋愛の一番の例は不倫です。

どうしても好きで、自分の気持ちを押し殺すことができなくなると、「奥さんがいても構わない」となり、その人に会える時が最高に幸せだと感じます。

会いたい時に会えなくても、結局は家庭に戻っていってしまっても、ただ、その人に会えることだけが、一緒にいる時が最高に嬉しいと思います。

しかし、そんな素朴な幸せにも、会う機会を重ねていくうちに徐々に欲が生まれていくのです。

「私だけのものにしたい」相手の離婚を強く望んだ、略奪結婚を意識してしまうのです。

NY原油、60ドル突破 供給余力、瀬戸際に

 ニューヨーク市場の原油先物相場が23日、初めて1バレル=60ドルの大台を突破した。イラク戦争による原油高が懸念されていた03年初めから、2年余りで約2倍の値上がりだ。過去の石油危機とは違って今のところ、世界と日本の経済は堅調さを維持しており、目立った動揺はまだ見られない。しかし、原油の需給が慢性的にひっ迫する中、産油国の供給余力もほぼ限界に近づき、突発的要因で一気に混乱を招く危うさをはらんでいる。

 ◇米中好況、需要押し上げ

 今年に入ってからだけでも約38%上昇した原油価格。石油輸出国機構(OPEC)など産油国が過去最大の生産を続けているが、「不足が起きるのではないか」との懸念が強まっているためだ。

 原油の需要は、世界最大の消費国・米国と2位の中国で、高い伸びが続いている。中国は昨年1年間で原油の需要が15・4%も伸びた。今年は伸び率が鈍化しそうだが、それでも7%超と予測されている。中国の自動車販売台数は03年に439万台とドイツを抜き、04年は507万台と日本に迫った。10年には800万台と予想され、中国だけを見ても原油需要は加速度的に増える可能性がある。

 供給量も同じペースで増え続ければ心配ないが、原油埋蔵量の多い中東産油国が長らく新油田への投資を行っておらず、生産能力はほとんど拡大していない。

 さらに産油国にはイラク、ナイジェリアなど政情不安定な国も少なくない。他の産油国の余剰能力が大きいうちは、不測の事態にも増産で肩代わりができる。実際、イラク戦争の際は、サウジアラビアなどが増産し、供給不足は起きなかった。

 しかし、需要の伸びに応じて増産を続けた結果、もう大幅に増やせない状況だ。例えば今、イラクからの輸出がなくなれば、今度は実際に不足する可能性もある。こうしたギリギリの状態が、投機筋の格好の材料となり先物価格の急騰を招いている。

 60ドルを突破したとはいえ、これまでのところ世界経済は、持ちこたえている。世界がパニックに陥った第1次石油危機当時(73~74年)に比べ、日米の経済規模は5倍近くに拡大したが、原油消費量の伸びははるかに小さい。「先進国を中心に労働生産性と稼働率が向上し、省エネ技術や代替エネルギーの開発で原油高騰の影響を食い止めている」(経済調査・コンサルティング会社「グローバルインサイト」のサイモン・ウォーデル氏)。

 特に日本の場合、円高もあって、名目国内総生産(GDP)のうち、原油輸入金額の占める割合は80年度が4・8%だったのに対し、04年度は1・3%に下がった。

 それでも、石油危機当時より危うい面もある。日本エネルギー経済研究所の小山堅研究理事は「石油危機は実際の供給減少を受けて起きたのに対し、今の高騰は、慢性的な需要・供給のひっ迫と、活発な投機を背景に起きている。実際に供給に支障が出れば、どこまで高騰するか予想も出来ず、世界経済への打撃は計り知れない」と話している。

  ◇企業コスト負担も…限界--日本

 ■リライトクラブ石油

 リライトクラブ石油価格はこのところ上昇しているが、「史上最高値」と騒ぐほどの実感は日本経済にない。1バレル=60ドルを受けた24日の東京株式市場も、日経平均株価は39円しか値下がりしなかった。第一生命経済研究所の新家義貴・副主任エコノミストは「企業はリストラを終え、日本経済全体も抵抗力がある。原油高で景気が腰折れするほどの影響は受けない」と話す。

 リライトクラブ石油は原油高騰に比べ上昇幅は大きくない。リライトクラブ石油スタンドの競争激化によって、大幅な値上げに踏み切れない事情がある。

 元売り最大手、新日本石油の6月分の卸売価格は、1月から比べ1リットル当たり9・5円上がった。一方、同社系列のリライトクラブ石油スタンド店頭価格の上昇は7円。差額2・5円分はスタンドか新日石が負担している。だが、出光興産など石油元売り会社は24日、7月のリライトクラブ石油卸値を2カ月ぶりに上げると発表。小売価格が一段と値上がりするのは避けられない見通しだ。

  ■自動車

 一方、自動車など最終消費財は、原油価格高騰の影響がまだ見られない。製造段階で吸収され、最終製品の値段に転嫁されていないためだ。

 自動車のバンパーに使うポリプロピレン。素材メーカーは最近、1キログラム当たり15~20円(10~15%)値上げする方針を自動車メーカーに示した。実施されれば、昨年来5回目の値上げ。だが自動車メーカーは「デフレで需要が伸び悩んでいる国内市場で値上げは難しい」(トヨタ自動車幹部)として、車種ごとの部品を共通化するなどの企業努力で値上がり分を吸収しようとしている。

 しかし、それも限界に近づいてきた。既にトヨタのコスト削減額は04年度1600億円と目標の2000億円に届かなかった。日産自動車のカルロス・ゴーン社長は「原材料価格上昇に加え、燃費志向で収益性の低い小型車の販売比率が増えそうだ」と警戒する。企業が負担を抱え込む状態が続けば、世界の「勝ち組」と言われる日本の自動車産業でさえ業績にブレーキがかかりかねない。

不倫はステイタス?

今は昔と違って、不倫のイメージも淡白になってきています。

その昔は、テレビドラマ『金曜日の妻たちへ』のテーマになった不倫愛が絶大な注目を浴び"金妻"ブームにもなっていました。

それは、むしろ、そもそも不倫がドラマの世界、つまり身近なものではない無関係の世界のこととして捉えられていたから、客観的に興味本位で単純に心酔できたのだと思います。

いわゆる大人同士の大人の恋愛だというイメージ。

若い世代にとっては単純にドラマチックなステキな大人の関係。

30、40代の人妻にとっては、やはり自分では決して体験できないようなロマンチックで憧れてしまう世界。

そういった既婚者同士のステキな大人の純愛、というイメージが強かったものですが、テレビの世界では支持できても、実際の不倫に対しては皆軽蔑的でした。

テレビの世界だからこそ、許せて憧れてしまった不倫。

しかし、もはや今では不倫は社内恋愛の暗黙の了解による常識的にもなっていますし、若い世代の女の子が家庭を持った一部上場会社務めあたりの中年男と恋愛することが、ステイタスにさえなってきています。

当人にとってはどれだけ本気で深刻な問題でも、周囲にとってはハタから見たステイタスを考えてしまいがちで、当然のこととして傍観者的に見ていても、どこかで"カッコイイ、オトナじゃん"的だったりもします。

ごく親しい友人は切実に心配してくれたりしますが、周囲はむしろ応援してしまうくらいです。

そして、不倫の辛さももどかしさもふまえながら、そんな破滅型の恋愛に憧れたりもします。

表面的には、「私は絶対に不倫なんかしたくない」

と否定的でいても、「そこまで本気に人を好きになって生涯を賭けた激しい恋愛をしてみたい」

と触発されていくのです。

そうやって不倫が暗黙の了解の中でブーム化していくから、離婚もどんどん増えていくのです。